勇気ある人の目は輝いている−共通するマララとローザの目

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.307 24 Jul 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

小泉元首相は、怪我をおして優勝した貴乃花に感動するなど、しばしば感動していたようだが、私は感情量が少ない人間なのか、これまでの人生で感動することは、あまりなかった。総理になる人物と、凡人で終わる人間では全ての面で器が違うということなのだろう。

そんな私だが、7月12日、パキスタンの16歳の少女マララ・ユスフザイさんが、国連本部の「第1回ユース国連」で、世界100か国から集まった若者を前に行った演説を聞いた時は、小泉さんに負けないほど感動した。女の子が教育を受ける権利を訴え続けるマララさんは、女子教育に反対するイスラム武装勢力に銃撃されたことで、その名が世界中に知れ渡った。傷が癒えたこの日は、暗殺されたパキスタンのベナジル・ブット元首相のカミーズ(シャツ)を着て現れたという。元気になった姿を見るだけで感動ものだが、その演説がまた素晴らしかった。

マララさんの演説については、すでに日本の新聞やテレビなどでも報じられているが、AP通信が伝える演説の要旨は、以下のようなものだ。

「Let us pick up our books and our pens. They are our most powerful weapons. One child, one teacher, one book and one pen can change the world. Education is the only solution. Education first」

「They thought that the bullets would silence us. But they failed. And then, out of silence came thousands of voices. The terrorists thought that they would change our aims and stop our ambitions but nothing changed in my life except this: Weakness, fear and hopelessness died. Strength , power and courage was born」

「I'm not against anyone, neither am I here to speak in terms of personal revenge against the Taliban,or any other terrorist group. I'm here to speak about the right of education for every child」

抜粋だが、なんとも素晴らしい演説だ。とても16歳の少女の演説とは思えない。特に「私たちを黙らせようとした銃弾は、沈黙の代わりに何千もの声を上げさせた」というくだりは、歴代の名政治家、偉大な民衆活動家の演説に勝るとも劣らない歴史に残る名演説だろう。

新聞に載っていたマララさんの輝く黒い瞳を見ていて、以前この目を見たような気がした。はて、誰の目だったか?しばらくは思い出せなかったが、記憶を辿っていくうちに、アメリカで「公民権運動の母」と呼ばれるローザ・パークスさん(1913‐2005)の目であることを思い出した。パークスさんは人種差別が激しかった1960年代前半の南部・アラバマ州で、路線バスの席を白人に譲らなかったことで逮捕された黒人女性だ。

私はパークスさんの名前は若い頃から良く知っていたが、顔はなんとなく黒人女性の顔が浮かんでくる程度だった。パークスさんの顔をはっきりと意識したのは、亡くなった後、新聞に載っていたパークスさんの写真を見た時だ。モンゴメリー市警察に逮捕されたパークスさんが、拘留前に撮られた写真は、毅然としてカメラを睨みつけていた。「人間としての黒人の誇りを保つために席を譲らなかった」というパークスさんの強い眼差しは、時空を超えて私に迫り、一瞬、息を止めてしまったほどだった。以後、この写真を当時勤務していた大学の研究室の扉に飾り、やってくる学生たちに「この目を見よ。大事を成す人間は目の輝きが違う」と、毎日気合を入れたものだ。

パークスさんの勇気は、同じ市に住むマーティン・ルーサー・キング師(1964年ノーベル平和賞、1968年暗殺)に引き継がれ、モンゴメリー市の公共バス・ボイコット運動→ワシントンへの20万人大行進→1964年の公民権法の成立に繋がっていったことは周知のことだ。パークスさんの行動は、微動もしないように見えた当時のアメリカ南部の人種差別に楔を打ち込んだものだったが、マララさん銃撃事件は今後、途上国の子どもの教育にどのような影響を与えてゆくのだろうか。

アフリカやアジアの多くの国の教育環境が劣悪なものであることは言うまでもない。マララさんの演説に合わせて国連が発表した報告書によると、学校に通えない子どもは世界に約5700万人(2011年)もおり、紛争地では小学校に通えない子どもが半分以上に達するという。

報告書では触れられていなかったが、女の子の教育環境がいっそう酷いものであることは間違いない。初等教育における女子の教育環境改善は、国連ミレニアム開発目標(MDGs)のゴールの一つでもあるが、2012年のレビュー時点において、サブ・サハラ地区で「期限である2015年までの達成は不可能」とされるなど、貧困、宗教などが複雑に絡み合う女児教育の改善は、なお茨の道にある。

マララさんの熱意を結実させるためには、パークスさんの行動を国民運動に拡大、山を動かしたキング師や、公民権運動に理解を示したケネディ大統領のような偉大な活動家、政治家の存在が欠かせない。マララさんには、国連の潘基文事務総長、イギリスのブラウン前首相らが積極的に支援に乗り出しているが、残念ながら彼らの影響力は、ケネディ大統領やキング師には及ばない。となると、マララさんの勇気も時の流れの中で、消えて行ってしまう危険性がある。

一つだけそれを防ぐ方法がある。それは一人一人では小さくとも、多くの人々が力を合わせ、国際的なうねりを形成することだ。国際NGO「プラン」が昨年10月から行っている「Raise Your Hand〜世界の女の子のために手を上げよう」というキャンペーン(Because I Am a Girlキャンペーン)は、それに近いものだが、一つのNGOの努力に頼っているだけでは情けない。世界中の人がつねに途上国の女子教育の現状に目を配り、自分に出来ることがあれば身の丈の範囲で支援に参加する。小さな活動が次第に大きな潮流となれば、世界の女子教育が改善される日が来るだろう。

そのために、みんながマララさんの輝く瞳をいつまでも心に焼き付けておこう。