珍地名、奇地名も旅の楽しみ

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.309 29 Aug 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

夏は旅のシーズンだ。夏休み中の子どもたちと旅行を楽しんだ家族、長い休みを利用して海外旅行に飛び出した大学生らも多いだろう。かつてマスコミで「民族移動期」という形容詞も使われた8月のお盆休みの期間中は、故郷に帰る人たちで新幹線、高速道路、飛行場、いずこも人で溢れていた。

旅の楽しみはその土地ならではの風景、料理、特産品、人情などに触れ、日常生活にない情感が呼び覚まされることに尽きる。とはいえ、最近はテレビや新聞、雑誌などで国外、国内を問わず各地の路地裏までが詳しく紹介されるため、初めて訪れた場所でも不思議な既視感があって、感動は今一つというガッカリ譚も仄聞する。

だが、日本のような情報過多社会でも、知らない土地に足を踏み入れてびっくりすることもある。その一つは珍しい地名だ。変わった地名が多い地方と言えば北海道だろう。私も仕事や遊びなどでたびたび北海道に行くが、訪れるたびこの地にはよそ者泣かせの地名が多いことを実感する。北海道に難読の地名が多いのは、先住民であるアイヌの地名を漢字に音訳したものが数多くあるからだが、旅行者にはまったく読めない地名もあって、文字通り路頭に迷ったこともあった。

難読の地名は、北海道以外の地方にも多々ある。ずっと昔の話だが、大阪市の放出付近に初めて行った時、「ほうしゅつ」と読んで地元の人に笑われた。「はなてん」と読むと教えられても、大阪人特有のお笑いサービスなのではないかと思ったほどだ。同行していた大阪在住の友人が「地名は旧淀川の放水路(放つ点)だった場所から由来しているらしい」と説明してくれたので、やっと冗談ではないと納得した。その夜の宴席で地元の知人たちに、その話をすると「そんなに変わった地名とは思えない」と誰も興味を示さず、そこから先に話は進まなかった。彼らにとっては子どもの頃から聞きなれた地名で、特に珍しい読み方とも思えないのだろう。

逆の立場の古い話も思い出す。大学に入学した頃、地方出身のある同級生が会話の中でさかんに「タムシ」という言葉を繰り返した。周りの友人は彼が皮膚病である「田虫」にでも罹ったのかと思っていたが、どうにも話が合わない。しばらくたって彼が「田無市(たなしし)」(2001年、保谷市と合併して現・西東京市)と言おうとしていたことが分かり、一同大笑いをした。余談ながら、合併した相手の保谷市も「ほうやし」と読むから難読自治体の合併でもあったようだ。

生まれてからほとんどの時間を東京で過ごしている私でも、まだ、読めない東京の地名が山ほどある。3月まで勤務していた大学の近くに「一口坂」という坂がある。長い間、「ひとくちざか」と呼んでいたが、正式には「いもあらいざか」と読むと教えられた時は、改めて地名の深さと面白さを感じたものだ。

難読の地名は歴史から生まれているものが多い。特異な読み方には人々の生活が染込んでいるだけに、いくら読み難くても残すべきものは、残した方が良い。それに珍地名,奇地名はよそ者の旅の楽しみであり、観光資源の一つにもなる。

珍地名、奇地名があるのは日本ばかりではない。2012年の読売新聞にアメリカのあるウェブ・サイトが発表した「2012年・全米の恥ずかしい町名一覧」という表が載っていた。発表したサイトが自ら「恥ずかしい」と認める町名だから、小欄に転載するのをはばかる猥雑な町名もある。

そうした町名は除いて、アメリカの恥ずかしい町名をここでいくつかを紹介すると、イリノイ州のLovelace(女たらし)、オクラホマ州のHooker(売春婦)、ジョージア州のBoring(退屈)、アーカンソー州のToad Suck(ヒキガエルのオシャブリ)などという名前がある。こちらも何か過去の出来事から付けられた由緒(?)ある名前なのかもしれないが、直接的な名で日本の珍、奇地名のような歴史と文化の香りは、あまり漂ってこない。

市町村の珍名、奇名とは別の話だが、日本国内の交通機関の行先を表記する案内板が外国人に分かりにくいという苦情があり、政府も観光地の案内板の表記方法などの見直しを検討しているという。私などは日本国内の案内板や案内放送には英語や中国語、ハングルも多く、外国人にも分かり易く整備されていると思っていた。だが、まだ、十分ではないらしい。

エトランゼ(外国人)が旅先で案内板や放送に頼ろうとする気持ちは良く分かる。私もアルファベット表記の少ないアラビア文字やキリル文字の町にいると、自分がどこにいるのかさえさっぱり分からず不安が増す。日本の町も近年、外国語表記が増えたとはいえ、まだ圧倒的に日本語表記が多い。一人で歩いていて、不安を感じる外国人も多いだろう。

英語の氾濫に抗して英語表記を増やすことに反対する人もいるようだ。だが、日本の隅々までが国際化している現在、町の案内も国際社会に適合したものに変えることが急務とも言える。国際化は途上国でも進んでおり、途上国の案内板の国際化も重要な課題だ。災害などに強く、耐久性があって外国人にも分かり易い公共交通、町の案内板などを整備する観光絡みのODAも、ニーズが高いのではないだろうか。

案内システム整備ODAプロジェクトが始まって、珍地名、奇地名があることに気付いたら、外国人にも分かるように英語などで意味を付記しておくと良い。日本の援助で作られた途上国の案内板がいつか外国人の話題となって、観光客が増えれば一石二鳥だ。