東京五輪・パラリンピックは競技周辺の影響にも配慮を

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.311 25 Sep 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

どうせ駄目だろうと思ってテレビのスイッチを入れなかったので、2020年東京オリンピック・パラリンピック決定の歴史的瞬間を生中継で見る機会を逸した。まことに残念なことをしたと後悔しているが、その後、繰り返して放映されるロゲIOC委員長が「TOKYO」と書かれたカードを掲げる映像を見るたび、飽きずに歓声を上げている。

私は大学時代に1964年東京オリンピックを体験しているが、競技会場に足を運ぶチャンスはなかった。しかし、高校生時代から始まったオリンピック工事で、日々変容してゆく東京の姿を見るのは嬉しかった。特に青山通りには良く行く機会があったので、道路拡幅のため立ち退いた家々の後に出現するモダンな街並みを見て新しい日本の到来を感じ、ワクワクしたものだ。私の記憶が正しければ現在のピーコック・ストア青山店もそうした建造物の一つで、真新しいビルの前に立ってアメリカの町に紛れ込んだような不思議な気分になったことを覚えている。

過去の記憶の中のものだと思っていた東京五輪が、近未来の夢になったことは、今でも信じられない。頬をつねってみたくなる慶事だ。

多くの国民が喜んでいる時、素直に喜ばず水を差したがるのはジャーナリストの悪い習性だ。すでに一部のマスコミが安倍総理のプレゼンテーションに疑問を投げかけるなど、ちょっと気持ちがへこむ記事も出始めた。同じジャーナリストでも私は素直な性格(あるいは批判精神の欠如)なので、せっかく人が喜んでいることにあえて嫌がらせを言うつもりはない。しかし、9月初めにイギリスのタイムズ紙に掲載されていた記事を読んでいて、スポーツには日が当たる競技の影に、苦しみを負う多くの人々がいることも忘れてはいけないと痛感した。

「Football Craftsmen of Pakistan Fear Stitch-up Over Roundness Rule」という見出しのこの記事は、2006年に国際サッカー連盟(FIFA)が競技に使用するすべてのサッカーボールをほぼ完全な球体にする規定改正を行ったため、それまで手作りでサッカーボールを作っていたパキスタンのサッカーボール生産者が苦境に立っているというものだ。

FIFAが定めた新規定は外周の偏差値を1・3%以内に収めるというもので、いくら熟練工でも、手縫いでこの規定をクリアする球体を作るのは至難の業らしい。パキスタンは19世紀の英領インド時代、駐屯する英兵が本国から持ちこんだサーカーボールの修理を地元の人たちに頼むようになったことから、サッカーボールの生産が活発になった。FIFAが規定改正を行う前は、北東部のノース・パンジャブ州を中心に、世界のサッカーボール年産の85%にあたる約4000万個のボールを生産、縫製職人など約10万人がサッカーボール産業に従事していたという。

しかし、改正後は工作機で熱合体、低品質ではあるが新規定を簡単にクリアできる安価な中国製やタイ製のボールに市場を奪われ、今では生産量は半減、従業者数も10分の1に減った。同州では現在もサッカーボールの生産が続けられているが、熟練工でもFIFAの規定に合わせて丁寧に縫製すると、一日3個か4個のボールを作るのがやっと。収入は大幅に減り、生活苦に陥っている人もいる。すでに多数の縫製工が新しい職場を求めて町から離れ、同州シアルコットのようなサッカーボール生産で栄えた町は衰退の一途を辿っているらしい。

競技をより公平にするため、使用する用具の質を全世界で均一化する試みは、批判されるものではない。だから、FIFAの規定改正も一概に批判出来ないが、85%ものボールがパキスタンでのハンドメイドであったことは、関係者も知っていたはずだ。ボール規定の改正がパキスタンのボール製造業者にどのような影響を及ぼすか、容易に予測できただろう。

同質の安価なボールの供給によって、サッカー競技の普及と公平化が進むというプラス面と、多数の人が職を失うというマイナス面まで読み取ってFIFAは改正に踏み切ったのだろうか。

サッカーボールだけでなく、各種のスポーツで使用される用具の多くが、途上国の過酷な労働環境で働く女性や若年労働者によって作られている事実は広く知られている。スポーツが世界中で同じ基準を満たす用具によって公平に行われることは、絶対のルールでもある。だが、「公平」という物理的正義のもとに、万人が幸せに生きる権利を模索する「公正」という大義までが軽視されたら、スポーツは根本的な存在価値を失ってしまうことも忘れてはならない。

オリンピックは前回のロンドン大会の頃から、パフォーマンスだけに焦点が当たる競技中心主義から、スポーツを通してすべての人の利益を追求する理念が浸透し始めている。ロンドン五輪の際、後世への遺産計画として作成された「国際インスピレーション・プログラム」は、五輪閉会後も着実に途上国の子どもたちなどのスポーツ環境改善に成果を挙げている。

2020年東京五輪・パラリンピックも同様の理念を引き継ぐべきだろう。安倍総理はすでに青年海外協力隊のスポーツ隊員の増加を提案している。2020年東京オリンピック・パラリンピックは、東京だけでなく世界の全ての国・地域の人に目を向けて、陽の当たらない場所に住む人たちの幸せにも留意する、思いやりのある大会にして欲しい。

滝川クリステルさんの「O・MO・TE・NA・SHI」は素晴らしい言葉だったが、「O・MO・I・YA・RI」も忘れてはならない大会のキーワードだ。