ヘップバーンもびっくり?外国語の日本語表記は難しい

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.313 25 Oct 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

「ギョエテとは、俺のことかとゲーテいい」という川柳は、明治初期の小説家、斉藤緑雨の作とされる。18世紀のドイツの文豪GOETHEを英語風に発音すればギョエテとなり、ドイツ語風に発音すればゲーテになる。世界に知られた文豪だから、このほかにも、ギョーツとかグーテなどと呼ばれることもあるようだ。「若きヴェルテルの悩み」で知られるこの大作家も、後世に多様になった自分の名の呼び方に、泉下で悩んでおられることだろう。

同じ名前が国によって違う呼び方をされているのは、ゲーテだけではない。英米ではロスチャイルドである大財閥も、ドイツではロートシルトであり、フランスではロチルドだ。もっと身近な例で言えばジャイカ(JICA)も、国によってジカになったり、ヒカになったりする。

同じ名称でも各国の言語に合わせて呼ばれることは親しみが増し、これはこれで良いと思う。だが、ホットなニュースに登場する人物や組織の名前を、それぞれのマスコミが独自の判断で別の呼び方をするのは、読者らを惑わせることになるので、なんとかならないかと思うことがある。

最近の例で言うと、9月下旬、ケニア・ナイロビのショッピング・モールで襲撃事件を起こした過激派組織の名称だ。このニュースをNHKテレビで見ていたら、アナウサーが組織の名を「アッシャバーブ」と読んでいた。近頃、あまりテレビを見ないせいか、私には聞きなれない言葉だったので、新たなイスラム過激派組織かと思っていた。だが、しばらくして、活字メディアなどでは「アル・シャバブ」と表記されることが多いテロ組織であることに気付いた。NHKは英語読みをせずに、アラビア語読みに近い読み方を採用しているようだが、私は一瞬、戸惑った。

青年を意味するこのアラビア語は、アラビア語圏ではしばしば使われる言葉で、いくつかの国のサッカー・クラブの名にもなっている。しかし、日本語で表記されると、国によって「アル・シャバブ」になったり、「アッシャバーブ」、「アル・シャバーブ」となったりするからややこしい。

「アル・シャバブ」との関係が取り沙汰される「アル・カイダ」も、日本のメディアでは「アル・カーイダ」と呼んでいるところが多数あり、二つの表記が混在したまま、今も統一されていない。

記者時代、初めて登場する外国人の固有名詞の表記には、苦労した。今でも思い出すのは、1980年代半ばに南太平洋のフランスの海外地域ニュー・カレドニアで起きた分離独立運動のリーダーの名前だ。取材のため現地に飛んだ私は、現地新聞のフランス語表記から「チボウ」と書いて記事にしたのだが、数日後、現地事情に詳しい日本の方から東京の本社に電話が入り、「日本の新聞の表記は間違っている。原住民カナク族である彼の名前は、カナク語で『チバウ』と読むのだ」とお叱りを頂いた。これを他社の記者にも伝え、「チバウ」に統一した思い出がある。チバウ氏は志半ばで何者かに銃殺され、今はいない。

個人や組織によって外国人の名前の表記が違う最大の原因は、言語に対する拘りの度合いの差ではないかと思っている。語学に自信を持つ人ほど外国語の日本語表記に凝る傾向があるようだ。主要国の大使を勤めたある外交官から自作のエッセイ集を頂いたことがある。実に面白い内容だったのだが、「テレヴィ(テレビ)」、「スダン(スーダン)」、「ボウト(ボート)」など見慣れない表記が頻繁に出てくるので、面白さがいくぶん削がれる思いがした。

明治初期、綴りではなく音から表記したラムネ(レモネード)、メリケン(アメリカン)などの表記の方がよほど外国人には理解し易いことも考えさせられる。チュニジア大使などを務めた外務省の多賀敏行氏が著書「国際人の英語」(丸善ライブラリー)の中で、「ロンドンのタクシーに乗って『ウェスト・ケンジントン』に行きたければ、『上杉謙信』と言え」と書いているのも頷ける。

語学の達人たちが、外国語を出来るだけ原語に忠実な日本語表記にしたいという気持ちは、良く分かる。その方が国際社会でも通じやすい。だが、自分の発音が絶対だという発想で、これまで慣行として長く使われてきた表記を無視するやり方は、如何なものかと思うこともある。

おかしなカタカナ表記ではあっても、長く国民に認知されている表記は、通例に従ったほうが無難だ。しかしながら、原語にほど遠い表記で日本社会に浸透した外国語は、もはや外国語ではなく和製語であり、海外では通じないことを周知する必要がある。カタカナ表記ではあっても、外国語ではないことを知れば、何度もマクドナルドと言ったのに、アメリカ人にはまったく通じなかった筆者の赤恥体験も回避できるだろう。

今後、日本社会で外国語が使用される頻度はますます高くなってくる。新たに登場する外国語は出来る限り、原語に近い日本語表記をするよう努力する必要があることは言うまでもない。それにはマスコミの責任も大きい。登場頻度の高い言葉は、早急に話し合って統一表記を作成したい。途上国の地名、人名などの正しい表記の作成には、現地事情に詳しいJICAに協力をお願いしなければならないことが多々あるだろう。

最後に緑雨を気どって「ヘップバーン(Audrey Hepburn女優)とは、俺のことかとヘボン(James Curtis Hepburn、ヘボン式ローマ字の作成者、明治学院創設者)いい」を詠む。