愛国心を持つ高校生をもっと育てよう

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.315 19 Nov 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

古代ローマの政治家であり、哲学者、雄弁家としても知られるマルクス・キケロ(BC103−43または46)は、老人が惨めになる理由として、「公的活動からの引退」、「肉体の衰え」、「死期の接近」と共に「多くの楽しみが失われてゆくこと」を挙げたとされる。

私も加齢とともに、長らく生活の中にあった楽しみが、1つ、2つ、と失われていることを実感する。最近、消えていった楽しみは、長時間の読書と激辛系フードを賞味することだ。言うまでもなく視力と胃の衰えに起因する喪失だ。激辛系フードなどどうでもよいことかもしれないが、本人にとっては舌から一つの美味が消えたことは辛い。

しかし、私には最近、キケロの言に逆行する新たな楽しみが生まれてきた。盆栽とか散歩といった月並みな老人趣味ではない。私の新たな楽しみは高校生たちとの交流だ。10数年前に新聞社を辞めて、大学の教壇に立つようになってから、大学生や大学院生との付き合いは頻繁になった。だが、高校生となると、娘や息子以外、これまでの人生でゆっくりと話をした記憶がない。私の世代にとってミドルティーンともなると、もう異星人に近く、その分、彼らとの交流は、日々刺激的で未知の発見に溢れている。

この新たな楽しみは、以前、小欄で少しふれたことがある東京の予備校での講座指導の時間帯の中にある。4年前に始まった同講座は約半年間、週に1回開講しており、教科は大学受験とはあまり関係のない国際開発援助だ。日本外交、国連、国際文化、地球環境、NGO、国際保健衛生などそれぞれの専門家が分担して毎回約150分講義、内容は大学レベルに置いているから相当、難解だ。しかし、受講生は新たな知識をスポンジが水を吸い込むように吸収してゆく。その様を見るのは、実に気持ちが良い。

この講座で私は全講義に関わる総括責任者をしているのだが、初めは緊張してめったに話しかけてこない受講生たちも次第に慣れてくると、いろいろな質問を浴びせ、私見を言い始める。そんな彼らと接していて今、私の頭の中に、ある種の新しい現代高校生像が帰納されつつある。

彼らとの交流の中から浮かび上がってきた最新の高校生像を要約すると、かなり保守的な考えの持ち主であり、故国を愛する気持ちが強い若者、ということになる。

誤解を避けるために、まず本稿で使う保守という言葉を定義しなくてはならない。不幸なことに戦後の日本では、しばしば保守と極端な右翼思想が混同されてきた。だが、保守の本来の意味は、伝統的な良き制度、習慣、価値観はしっかりと守り、時代にそぐわなくなった部分は、熟議のうえ改善するという柔軟な考え方だ。一部で喧伝されている、あらゆる改革を拒む頑固な思想ではない。私が彼らから感じている保守は、もちろん、本来の意味での保守だ。日本社会の公序良俗を尊び、それを守ろうという精神と、一方で海外の優れた徳性は積極的に採り入れよういうと気持ちも持っている。

さらに、日本の経済力、技術力、文化、風土に対する誇りが高く、愛国心が強い。愛国心も時に誤解を生む言葉だが、彼らの愛国心はショービニズム(Chauvinisme)とか、パシフィズム(Pacifism)と呼ばれる自国の繁栄・平和だけを願う狭量なものではない。円滑な国際社会の流れの中で平和と繁栄が維持される日本という国の在り方を十分に理解したうえで、他国の平和と繁栄も願う万国的愛国心だ。特に途上国の教育問題、貧困削減などに大きな関心を抱いており、開発協力に極めて前向きだ。

なぜ、現代の高校生がこのような思想を持っているのか。独善的ではあるが、いくつかの理由が考えられる。その一つは、この講座の受講生の多くが、経済的に恵まれた家庭の子女であることだ。もともと保守的思想の持ち主は富裕層に多い。これを考慮すれば、彼らの考え方は、日本の高校生全体の平均像ではないかもしれない。

だが、家庭環境だけではないとも思う。この世代の若者は、物心がついた頃からグローバル化した社会に育った。旅行や親の仕事で海外の風物に接する機会も多く、つねに外国、異文化との比較の中で、日本という国を見てきた。その結果、自分の目でこの国の素晴らしさを見つけ、かつ、経済大国としての国際責務を自覚している。また、彼らは「失われた20年」と呼ばれる日本の後退期の真っただ中に育った。自信を失った大人たちの自虐的日本論が跋扈する社会に反発し、日本の正しい姿を学び、復活を担おうという意識が生まれているようにも見えるのだ。

私の高校時代は、エセ進歩派がのさばり、愛国的な意見など述べると、四方から厳しい反論が飛んできた。だが、今の日本社会は違う。長期不況、未曾有の自然災害、近隣国との軋轢などの数々の苦難に遭遇したことで日本人同士の絆が深まり、母国を愛し、強い日本の復活を願う人の数が日増しに増えている。こうした社会背景も高校生の価値観の変化に影響を与えているのだろう。

21世紀半ばの日本を支えることが間違いない年齢層の中に、こうしたクールな若者が数多くいることは、頼もしく映る。新しい日本、国際社会を作ろうという彼らの気持ちを、大人たちは丁寧に育まなくてはならない。彼らを右傾化などという陳腐な言葉で括ることだけは、止めたい。

本欄のためにもうひとつ、彼らの望みを付け加えると、日本のODAの拡大だ。これも嬉しい。