デモグラフィック・パワー(人口力)は途上国の諸刃の剣

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.317 19 Dec 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

国際協力銀行(JBIC)が毎年実施している「わが国製造業企業の海外事業展開の動向」に関するアンケート調査の結果が年末に発表された。調査項目の一つ である「中期的(今後3年程度)有望事業展開先国・地域」における今年のトピックは、過去24回の調査で連続1位だった中国が4位に落ちたことだ。

前年の2012年調査で有効回答した613社のうち319社(62.1%)が、中国を有望国(複数回答可)としていたのに対し、2013年の調査では 625社中、183社(37.5%)しか中国を有望国としなかった。ここ数年、中国に対する日本企業の評価は急速に下がっており、10年前(2003年) の調査で490社中、456社(93%)が中国を有望な事業展開先国として挙げていたことを考えると、今年の調査結果には昔日の観がある。

JBICの報告書は「中国の労働コストの上昇と労働力確保困難が懸念された」としているが、評価が下がった根底に最近の日中関係の悪化と習近平体制への不信があることは間違いない。

今年の1位は、前年3位だったインドネシアで、219社(44.9%)が有望国とした。5大新興国BRICSにインドネシアを加えたBRIICSが、もう 珍しい略語でなくなったことを考えれば、妥当な結果ともいえる。インドネシアは天然資源に恵まれた世界4位(2億4447万人)の人口大国であり、15歳 以上65歳未満の生産年齢人口が多数を占める理想的な人口ピラミッドを構成していることも大きな魅力だ。

JBICの調査で上位に入った国には、国内市場の規模が大きく、労働コストが低レベルにある人口大国が多い。2位のインド(人口約12億3000万、世界 2位)、4位の中国(約13億5500万人 1位)、6位のブラジル(約2億、5位)、7位のメキシコ(約1億2000万人、11位)などだ。日本企業が 将来有望と見る国を約言すれば、人口力(Demographic Power)を持つ国ということになる。

歴史を遡ると産業革命以前、人口は兵力と農牧業生産力として国家に貢献してきた。しかし、20世紀末からのハイテク兵器の発達で、人口規模は兵力を決定す る主因から消えた。一方、経済のグローバル化で、製造業の労力としての価値が高まっている。今や途上国において低賃金労働者は国家経済の推進力であり、国 力だ。

だが、人口力が今後も国家の財産であり続けるか、という問いには疑問符が付く。外国からの投資と、労働集約型産業によって経済成長を遂げてきた途上国が、 次のステップで直面する問題が「中所得国の罠」であることは周知のことだ。国内総生産(GDP)がフローで算出されるため、人口大国は経済力が実態よりも 強く見える一面がある。だが、人口力をバックに開発が進んだ国の中で、今後、順調に先進国型経済に移行できる国は、数えるほどしかないというのが大方の予 測だ。2010年から12年まで年6%のGDP成長率を維持していたインドネシアの2013年7−9月期成長率が5・62%に低下したことは、罠からの脱 出がいかに難しいかを物語っている。罠にはまったままでいると、低賃金労働力供給国としての座は、後発の人口大国に奪われ、割高の労働力だけが残る危険性 も高い。

「中所得国の罠」については、すでに各所で論議されているので、小欄ではこれ以上触れないが、私は別の視座から現在、途上国経済の推進力になっている人口が、逆に国家のお荷物になる時代が来ることを危惧している。

それは単純労働がロボットに取って代わられる時代の到来だ。現状において世界の経営者たちは、巨額の設備投資を伴うロボットの導入よりも、手近な低賃金労 働力を求めて後発の途上国に生産拠点をシフトする道を選んでいる。しかし、それらの国の賃金もいずれは上昇する。“低賃金フロンティア”は、必ず地上から 消滅するのだ。

他方、急速に進む科学技術は、すでに人間に代わるロボット労働の供給を可能にしている。先日、アメリカのインターネット通販大手アマゾン・ドット・コム が、小型無人ヘリコプターで商品を顧客に配達する計画を発表した。ドイツの国際物流大手DHLも小型無人ヘリによる運送テストに成功している。運送業だけ でなく、製造業でも完全ロボット化は目前にあると言っても良い。

これは余談だが、私は日本の新聞にもロボット宅配時代が来ることを期待している。新聞社に勤めていた頃から、配達員の苦労が気になって仕方がなかった。ロボットヘリ君が新聞配達をしてくれるようになれば、配達員たちも厳冬の未明の労苦から解放される。

話を戻して大人口を抱える途上国の未来図をへそ曲がりに予測すると、ロボットに職場を奪われた失業者が巷にたむろする社会の到来だ。ある程度まで整備が進 んだ社会保障制度は財源不足で破綻するか、国家財政を危機に追い込むだろう。それは多過ぎる人口を抱え込んで飢饉に晒された近世の後発国の姿を想起させ る。

もちろん、こんな未来像は杞憂であって欲しい。地球上にそうした国が発生することを望む人もいない。しかし、転ばぬ先の杖も必要だ。先進国政府・国際機 関、さらに大規模企業経営者は、現在のコスト偏重の途上国の生産システムを見直し、途上国経済を知識集約型産業に移行する支援が必要だ。人口という多数の 無名性に依存する社会ではなく、人がそれぞれ固有の名を持つ個人として生きていける社会を実現しないと、地球に明るい近未来はやってこない。