美しい月日の到来を予感させたカレンダー

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.318 10 Jan 2014
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

私のオフィスの近くにペルシャ絨毯を売る店がある。かなり大きな店で、歩道側に開かれたガラスの向こうには、複雑な紋様の高級絨毯が幾重にも重ねて置かれている。壁に掛けられている絨毯は色合いといい、デザインといい紛れもない逸品だが、我が家の財政事情を考えると、とても手が出る代物でないことは明白だ。眼福として横目で見ながら通り過ぎていた。

昨年夏、ランチのあと店の前を歩いていると、入口近くに玄関マット用の小さな絨毯が並べられているのに気付いた。自宅の玄関マットはかなり古くなっており、買い換えを考えていたので勇気を奮って店のドアを開けてみた。いくぶん緊張しながらマットに手をやり品定めを始めると、店の奥から品の良い初老の紳士が現れた。容姿から見て日本人でないことは明らかだ。

マットはどれも素晴らしくすぐにでも買いたいのだが、値段を聞くと、普段私が愛用する量販店の玄関マットとは確実にゼロが一つ違う。懐具合を考えるとなかなか決断できない。そうこうするうちに現代的なデザインで、私にも手が届く値段のマットが下の方から現れた。ウール製でシルク製と比べると見劣りするが、イラン中部の部族の主婦たちが手織りで紡いだという小さな織物には、暖か味が感じられる。その暖かさに魅かれ思い切って購入した。

百万円単位の絨毯が並ぶ、この店にとって私などは客と呼ぶに値しないだろう。しかし、ご主人はそんなことは微塵も顔に出さず、会計を済ませて店内の高級絨毯に目をやる私にイスファハン絨毯、クム絨毯など産地の特色を丁寧に説明してくれた。絨毯講義の合間にご主人の身上を聞いてみると、彼は約25年前に故国イランを離れ、日本に住み始めたという。25年前というと、イラン、イラク戦争停戦の頃だ。長い戦火に嫌気して国を離れたのかも知れない。

お金持ちであろうご主人とは関係ないが、当時の日本はバブル期で、多くのイラン人が職を求めて来日した時期でもある。滞在期限を過ぎても帰国しない不法滞在のイラン人が東京・上野公園あたりにたむろして、社会問題にもなった。いずれにせよ日本とイランの交流が今よりずっと濃かった時代だ。

その夜、買い求めたマットをさっそく我が家の玄関に置いた。マットからイランの女性が奏でる機織りの音が流れ出るようで、玄関の雰囲気は一気に和んだ。

その後も絨毯の温もりを楽しんでいたが、昨年末、我が家に小荷物が届いた。箱を空けると大きなザクロが2つ入っている。差出人を見るとあのペルシャ絨毯屋のご主人だ。上客とは言えない私にもイランの名産のザクロをお歳暮として贈ってくれたのだ。果物はそれほど好きでないので、それまでにザクロを食べた記憶はないが、このザクロは美味しかった。

その翌日、同じ絨毯屋のご主人から、イランの名勝や遺跡の写真に各産地の絨毯が組み込まれた図案のカレンダーが届いた。見た目は普通のカレンダーだが、毎月、上部にサーディやフェルドスィといったイランの代表的な詩人たちの名言や、イランの古事成句が引かれているのが珍しい。「宝を手に入れたければ努力あるのみ。収穫するには種を植えること」(サーディ)、「力ある人とは知識を持つ人だ。知識の光は老人の心さえ明るくする」(フェルドスィ)など含蓄のある言葉が並ぶ。

なかでも私が強い印象を受けたのは、イランの四大詩人の一人で、ゲーテも感銘を受けたとされるハーフェズ(1325年—1389年)の「世の平和は2つで成り立つ。仲間には友情、敵には忍耐」という詩の一部だ。

世界には類似の名言があるから、特に感銘するものでないのかもしれない。だが、似たような名言が世界各地に存在することは、人種、宗教に関係なく優れた人たちは、昔から同じことを考えてきたという証左でもある。つまり、人類が追求する理想は皆、同じということだ。

私も同感するこの言葉をイラン人も好むことは、イラン人と日本人が根底で同じ考えを持っているということだろう。一部の過激派が異教徒、異宗派との対立を激化させている昨今のイスラム社会を見ていて、私は彼らの心を理解するのに苦労してきた。だが、ハーフェズらイスラム偉人の言葉に触れたことで、イスラム教徒の心中が少し見え、気が和らいだ。

21世紀初頭がHateの時代だといわれて久しい。確かに世界を見渡せば、周辺国、他部族、異教徒などとのいがみ合いを続ける国家が目立つ。しかし、人が求める平和の在り方が世界共通なら、解決策は必ず見つかる。人種、宗教、イデオロギーなどが違っても相互に理解する素地は十分にあるということだ。

元日、自室の机の前の壁に絨毯屋さんから頂いたカレンダーを掛けた。ここ数年、新しいカレンダーを壁に掛ける時、作家吉屋信子さん(1896−1973)の「初暦 知らぬ月日は 美しく」という一句を呟くのが習いになっている。

能天気と言われるだろうが、私も吉屋さんと同じように、真新しい暦を見ると美しい日々の到来を夢見てしてしまう。今年はペルシャのカレンダーを掛けたおかげで、世界各地の紛争が減るという、いっそう美しい月日の到来を夢想した。ハーフェズが言う友情と忍耐が世界中の人の心の中にあることを信じて、2014年が平和で美しい年になることを祈っている。