直接民主主義は、一人一人の政策の吟味から

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.320 7 Feb 2014
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

「政府が悪い」「国が悪い」と言うのが口癖になっている人がいる。稀には何の苦労もない幸せな人生を送っている人もいるが、大多数の人はいろいろな不満や悩みを抱えて生きている。それをすべて政府のせいにしていたのでは、いつまでたっても、状況は改善されない。ケネディ大統領ではないが、まず、自分にできる何かに全力で挑戦、その結果、構造的に存在する社会的差別や、行政の不具合にぶつかった時、はじめて体制に対する不満を言う資格が生まれてくる。

行政批判をする人に「では、現在の政策のどこに矛盾があるのか」と尋ねると、観念的な不満しか聞こえてこないことが多い。半解では的を射た批判にならず、かえって滑稽だ。

かつては一般市民が政府のナマ情報に接する機会は少なかった。だが、現在は国会をはじめ政府各官庁の情報が積極的に公開されるので、その気になれば、多くの人がかなりの量の原資料に接することが出来る。

自分が新聞記者だったので、新聞に対する思いが強いのかもしれないが、政府情報を得る回路として、新聞は今も大きな存在だ。重要政策の中には、新聞から全体像を掴めるものが多々ある。

個人が政策を判断する資料として、是非読んでもらいたい新聞記事の一つは、新年度予算の記事だ。政治家は口ではいくらでも上手いことを言えるが、予算を付けなければ只のカラ口上だ。新年度予算成立後、新聞に詳しく掲載される予算を細かに検討すれば、次の1年、政府は何を重点的に実行しようとしているのか、誰の目にも良く見える。予算は口以上に物を言うのだ。

もう一つは、通常国会の冒頭行われる首相の施政方針演説や、臨時国会での所信表明演説の記事だ。これらの演説は、翌日の新聞に必ず全文が掲載されるので、その気になれば誰でも味読できる。私も1月24日に行われた安倍総理の施政方針演説全文が載っていた新聞を後日、じっくりと読んだ。

読後、安倍内閣がこれからやろうとしている経済、外交、社会福祉、震災復興政策などについて概ね理解出来た。小欄の読者は政府開発援助(ODA)に興味があるだろうから、総理の施政方針演説から私が独善的に解釈したこの先のODAの進め方を要約すると、次のようなものになる。

今回の施政方針演説で総理が直接、ODAについて触れたのは、《積極的平和主義》という項の「今年はODA60周年。日本は戦後間もない頃から、世界に支援の手を差し伸べてきました。医療、保健分野などで生活水準の向上にも貢献してきました。女性の活躍を始め人間の安全保障への取り組みを先頭に立って進めてきました。」と言う部分だけだ。たった100字程度だが、演説のほかの部分と絡ませながら読むと、安倍内閣が進めようとしているODAの総合政策が、かなり明確に浮かんでくる。

私が読んだ安倍政権のODA基本政策は、3つの柱からなる。最初の柱は政権が進める経済成長戦略にODAをいっそう連動させることだ。《オープンな世界で日本の可能性を活かす》という項で「急成長する新興国では、道路も鉄道も必要です。水道や電気、インフラを整え、災害に強い都市開発が課題です。アジアでは2020年までに8兆ドルものインフラ投資が見込まれています」、「海外市場に飛び込む事業者を支援し、官民一体となって成約につなげます。10兆円のインフラ売り上げを、2020年までに3倍の30兆円まで拡大してまいります」といったあたりを読めば、総理の頭の中にODAを組み込んだ官民連携の一層の推進があることが分かる。海外に事業展開する民間企業の先導者、補完者としてのODAの役割が明確だ。

次は《イノベーションによって新たな可能性を創りだす》という項で、中小・小規模事業者の支援を強調していること。さらに、《地方が持つ大いなる可能性を開花させる》という項で、地域資源を活かし新たなビジネスにつなげようとする中小・小規模事業者支援を謳っていることにヒントがある。これらを合わせると、すでに実施されているODAを活用した中小・小規模事業者の海外進出支援のさらなる進行が予測される。

最後は《おわりに》にある「力強く成長するアフリカは、日本外交の新たなフロンティアです。日本は、インフラ、人材育成といった分野で、アフリカの人々のため一層の貢献をします」というくだりだ。これは注釈を付けるまでもなく、アフリカにODAの関わりを深める意志表示だ。安倍ODAは、軸足をアジアに残すとしても、今後、対アフリカ援助に大きな変化がみられること間違いない。

「読み解く」と大上段に振りかぶったが、3つともすでに動き始めている政策であり、今更、驚くものでもない。だが、原文から直に安倍政権のODA政策の真意を読み取ることで、私自身、理解が深まったような気もするのだ。

日本のように人口が1億を超す熟成民主国家に、直接民主主義はもう成り立たないという人がいる。だが、一人一人が国家を構成する国民であるという高い意識を失わず、政府の重要政策をチェックする努力を続ければ、民意は必ず正しく為政者に伝わる。多くの国民が余暇を少し割いて、政策を吟味する時間を作れば、健全な民主主義は維持できるだろう。

今からでも遅くない。新聞でなくスマホからでも良い、総理の施政方針演説全文を捜しだし、隅から隅まで良く読んで、政府が進む方向を知覚することをお薦めする。