Economyの多様な意味にも目を向けよう

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.322 12 Mar 2014
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

2月22日からシドニーで開かれていた主要20ヵ国・地域(G20)財務相、中央銀行総裁会議と、同じ22日からシンガポールで行われた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の閣僚会合は、それぞれ23日と25日に閉幕したが、ともに大きな成果はなかった。私はこの2つの国際会議の結果を、失望と安堵が錯綜する複雑な思いで受け止めている。

G20は開会前、アメリカの量的緩和縮小を巡り、通貨安の不安を抱える新興国との対立が懸念されたが、先進国側が慎重な金融政策を進めることを表明したことで激しい論争はなかった。5年前、ワシントンで初の首脳会議が開かれた頃、世界経済の舵取り役として期待が高かったG20だが、シドニーではその面影は消えていた。一方、TPPの方は全品目の関税撤廃を求めるアメリカと、一部の農産物の関税維持を主張する日本などとの交渉が平行線のまま閉会した。次期閣僚会合の日程も決まらず、妥結の道筋は描けてない。

連続して開催された2つの経済関連の国際会議が、日本にとって極めて重要なものであることは言うまでもない。G20は現在のところ、世界の最上位にある経済協議体であり、時流に即した世界経済のルールづくりに欠かせない。TPPのほうは経済だけでなく、中国を睨んだ日本の政治、安全保障にまで関わってくる重大な交渉だ。

行き詰まりの様相を呈した2つの国際会議に失望した人は多い。私もその一人だが、不思議な安堵感もある。それは後発の途上国の立場に立って2つの会議を眺めたときに感じるものだ。

G20は主要先進国(G8)にBRICS、韓国、トルコなどを加えた19ヵ国と欧州連合(EU)で構成される。メンバー国だけで世界のGDPの85%をカバーしており、会議の成り行きは世界経済に大きな影響を与える。しかし、忘れてはならないのは、G20は国連に加盟する193ヵ国のうち、19の国にしか会議で直接発言する機会が与えられていないという事だ。TPPも現在交渉の場にいる12ヵ国は、先進国と新興国、それに急速な発展が見込まれる途上国だけで、後発国の姿はない。

G8ではこれまでも開発問題が多々論議されてきたが、G20は途上国代表を自認する中国などの参加で、メンバーでない途上国の支援合意が形成されにくい。G20もTPPも悪く言えば、お仲間内で自分たちに都合の良い国際経済の環境整備をすることが可能な協議体といえる。

世界には西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、南部共同市場(MERCOSUR)など数多くの地域経済協議体がある。だが、21世紀に入ってからは、利害関係が合う国だけが地域を越えてグループ化する傾向が顕著になってきた。G20もその一つだが、ほかにも独・ハイリンゲンダムG8で、拡大会議に招待された中国、印、メキシコなど5ヵ国を加えたG13、印・ブラジル・南アグループ(IBSA)、日中韓に東南アジア諸国連合、印、豪などを加えた包括的経済連携(RCEP)、アジア太平洋経済協力会議(APEC)加盟国による自由貿易協定構想(FTAAP)など多数存在する。

もっと限定された国同士の経済協力としては、FTA(自由貿易協定)や経済連携協定(EPA)もある。日・EU(欧州連合)EPAや、米・EU・FTAなど大型の地域間通商交渉も始まっている。

話が通じそうな国だけでグループ化する背景には、世界貿易機関(WTO)が機能していないことがある。WTOは昨年末、新多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)の通関手続き簡素化などで合意したが、10年交渉を続けてドーハラウンドの8つの交渉分野中、たった3分野しか合意されていない。加盟159ヵ国・地域の全会一致を原則とする運営方法から、もはやWTOは経済交渉の場として期待できないという声が、加盟国内から出ているのだ。

確かにWTOは、使い勝手の悪い国際機関だ。しかし、現在の国際社会にはWTO以外に後発の途上国の声まで汲み上げる全世界規模の経済協議体がない。WTOは政治の世界で言えば国連総会に当たるだろう。国連は安保理常任理事国に巨大な権限が集中して総会は形骸化、弱小国の声を反映する場はほとんどなくなった。グローバル経済の流れに乗った国だけがグループ化することは、国連と同じように弱小国の声を遮断する誤った道を辿る可能性がある。

Economyには「天の配剤」、「収入」、「稼ぎ」などの意味がある。この英語に初めて接した福沢諭吉らは、「天の配剤」を重視、中国古語の「経世済民」から「経済」という文字を当てたとされる。「経世済民」は「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」ことだ。「経済」の前に「市場」という言葉が付くようになってから、「天の配剤」は影を潜め、「収入」、「稼ぎ」が前面に出てくるようになった。

後発の途上国を置き去りにする危険を秘めた経済統合の流れに異を唱え、世界の富を公平に配剤する方策を考えなければ、地域間の経済格差は開くばかりになる。多数の貧困国が存在するサブ・サハラなどにも配慮する世界経済の協議手段はないものか。地域や二国間貿易協定の合意により、世界経済が活性化することは否定しないが、忘れられそうな人々にも目を向ける国際世論をもっと大きくしなければならない。