小人化している国もあることを忘れるな

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.327 27 May 2014
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

大リーグ・ヤンキースに移籍した田中将大投手が、新天地で素晴らしい活躍をしている。私は熱烈な野球ファンというわけでもないのだが、田中投手だけでなくレンジャーズのダルビッシュ有投手、ヤンキースの黒田博樹投手、マリナーズの岩隈久志投手、レッドソックスの上原浩治投手など日本人選手が、野球の本場アメリカで躍動する姿を見るのは、同胞として嬉しい。

大リーグの試合を中継するテレビの映像を見ていて、もう一つ快感を覚えることがある。それは、前述の選手たちは全員、身長が185センチ以上あり、ダルビッシュ投手や岩隈投手は、190センチを超える大型のアスリートであることだ。彼らは大男揃いの大リーガーに混じってグランドに立っていても、まったく見劣りすることがない。欧米などの外国人に比べ小柄という、日本人の遺伝的身長コンプレックスを見事に解消してくれる。

戦後の日本人の身長が高くなったことは、かなり前から指摘されている。私は子どもの頃から一貫して平均的な背丈(171センチ)だったので、自分が小柄だと思ったことはなかった。だが、最近、地下鉄などに乗って窓に映る車内の様子に目をやると、私の周りに立つほとんどの若者が私より背が高く、私の頭だけ凹んでいる。海外ではいつもの経験だが、今では日本でも背が低い部類に属するようだ。日本人の体格向上を実感する。

半年以上前になるが、イギリスのタイムズ紙に「British Men Are 11cm Taller Now Than in 1870s」という見出しの記事が載っていた。興味を感じたので切り抜いておいた記事を、過日、ファイルから引っ張り出して読んでみた。「イギリス・エセックス大学で建築学を教える教授が19世紀末の建造物と、徴兵記録から、当時のイギリス人男性の平均身長を推測したところ、167センチで、現在の178センチと比較すると11センチも低かった」、「身長が急速に伸びたのは1次世界大戦から2次世界大戦の間だ」、「たった1世紀で身長が11センチも伸びるという前例のない体格向上は、産業革命の進捗による公衆衛生の向上と1世帯の少人数化が大きい」といったものだ。

この大学教授のようにきちんとした統計から推計したわけではないが、私も以前から18,19世紀の欧州人の身長は、今よりだいぶ低いと思っていた。オーストラリア特派員時代、メルボルンで欧州人として初めてオーストラリア大陸東海岸に到達したクック船長(1725−1779)が16歳ごろまで住んでいた家を訪ねたことがある。北イングランドから移築された石の家に入って驚いたのは、船長のベッドが小さいことだった。目勘定で165センチ前後の人用のベッドで、クック船長は偉丈夫というイメージだっただけに意外だった。

カリブ海のジャマイカで取材したおり、19世紀初頭、悪魔と恐れられた女農園主の屋敷を見学したことがある。豪壮な荘園建築の屋敷の2階にあった主のベッドは子供用ではないかと思うほど小さく、この女性の身長は150センチ前後と推測した。幕末に残された資料から、ペリーが下田に来た時代のアメリカ人の平均身長は、168センチぐらいだったという説もある。こうしてみると、前出のタイムズの記事はそれほど斬新なニュースでないのかもしれない。

過去100年の間に日本人は大型になったが、欧米人、他のアジア人もまた大型化しており、大リーグにはダルビッシュ選手より大きい2メートルを超す選手ゴロゴロいるのも事実だ。だが、過去の1世紀で人類が押しなべて大型化したわけではない。国民の体格の向上は長い間、平和と繁栄を享受してきた国だけにもたらされた現象なのだ。

気が滅入るような話がある。北朝鮮事情に詳しい韓国の友人からの仄聞だが、近年、北朝鮮の人々の体格が小型化(小人化)していることが、韓国内で話題になっているという。もともと北も南も同じ朝鮮民族であり、欧米人の中には朝鮮民族は、他のアジア人より一回り大きいという印象を持つ人も多い。だが、最近の北朝鮮では、日本の小学校高学年生程度の身長しかない人が増えているらしい。その証拠として脱北者の身長の低さや、北朝鮮の入隊免除の基準が、143センチ以下であることなどを挙げる韓国の識者もいる。

北朝鮮の国民の体格の劣化は、1970年代から続く慢性的な食糧不足が原因とみられている。栄養不足が2代、3代と長く続くことで、体格の小型化に拍車がかかり、いっそう小さな人が増えるらしい。私は一度も北朝鮮に行ったことがないし、確たる資料も持っていないから、断定は出来ない。しかし、時おり北朝鮮から流れてくるテレビに映る民衆や、国際会議に出席した北朝鮮の人の姿を見て、あまり大きな人がいないと感じている。

アフリカや中南米の貧困国でも、似たような小人化の現象がある。見事な体格を持つアフリカ系アメリカ人がいる反面、彼らのルーツであるアフリカに小柄な人が多いのも、栄養や生活水準の差が一因と見て良いだろう。人間の体格や容貌は、基本的には民族的な遺伝子の問題であるが、食糧、医療、住宅環境に恵まれた豊かな国で暮らす人と、内戦や飢餓を繰り返している国の人との間には、拭えない外観の違いが生じることも否定出来ない。

田中投手のように大きくなった日本人の姿を喜ぶと共に、体格が劣化する環境の中で暮らすことを余儀なくされている人が、途上国にはまだたくさんいることも忘れてはならない。