注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。
vol.333 22 Aug 2014
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏
7月末に総務省が発表した「2013年 住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家の件数が過去最多の820万戸に上ったという。
この調査は住宅不足が深刻だった終戦直後の1948年に始まり、以後、5年ごとに実施されてきた。調査方法は各都道府県から計350万戸を無作為に抽出、そこから得られたデータをもとに全体像を推計する方式だ。今回の調査は2013年10月に実施され、その後、集計〜推計作業が行われていた。
本調査によると、全国の住宅総数(戸建て住宅のほか、共同住宅も含む)は、前回調査より305万戸増えて6063万戸と推計される。820万戸という空き家の数は、住宅総数の13.5%に当たり、現存する住宅の7.5戸に1戸が空き家ということになる。
一方、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が、2014年4月に公表した2010年の日本の一般世帯の総数は、約5184万世帯。今回の総務省の調査と3年ほどの時差はあるが、単純に比較すると日本にある住宅の戸数は、世帯数より約879万戸も上回る。こうしたデータからも、家はあるが住む人がいない、という現代日本の特異な住宅事情がはっきり見えてくる。
「空き家率向上」というニュースを目にするたび、思い出す昔話がある。1970年代の半ば、その頃、私は建設省と国土庁(共に現・国土交通省)を担当する新聞記者だった。ある日、国土庁事務次官だった河野正三氏(後に住宅金融公庫総裁など歴任)を訪ね、今後の日本の住宅政策などについて話を伺った。どういう文脈での話だったか忘れたが、河野次官が「今は信じられないかもしれないけど、日本はそう遠くない未来に住宅が余って困る時代が来るのだよ」と言われたのだ。
終戦直後の日本は、戦火で家を失い、住む場所を探す人たちが町を彷徨っていた。しかし、復興と共に住宅事情は改善され、1970年代初めには住宅総戸数が全世帯数を上回った。だが、それはあくまで数字の上の話だ。特に人口流入が続いた首都圏などの住宅環境は、外国人から「ウサギ小屋」と蔑視される低いレベルにあり、70年代半ばといえども大多数の日本人は、住宅に対する飢餓感を捨て切れなかった。私も同様で、河野次官に住宅が余って困る時代が来ると言われても、到底信じることは出来なかった。
だが、その後の我が国の住宅事情を見ていて、河野さんの予測が正しいことが分かってきた。70年代後半から80年代にかけて経済成長が続いた日本は、住宅総数が全世帯数をみるみる引き離し、ついに空き家の数が800万戸を超える時代が到来したのだ。
日本の住宅事情の改善は、戸数の増加だけではない。質の向上も目を見張るものがある。統計上は1戸として数えられるトイレも風呂もない賃貸アパートは激減、同じ共同住宅といっても、都心やウォーターフロントに立つ高層高級マンションの戸数が急増している。もう一つ、大きな変化がある。1戸に住む人の数が減ったことだ。1960年代の1世帯の平均家族数は5人弱、サザエさんのように祖父母、両親、子どもの3世代が、一つの屋根の下で暮らす家庭も珍しくなかった。同じ1戸ではあるが、狭い空間に大世帯が身を寄せ合って暮らしていた時代と、広い空間に少人数が暮らす現代の住宅事情は別世界だ。
空き家は今後さらに増え、10年後には4件に1件が空き家になると予測する専門家もいる。空き家が増えているのは、更地にすると固定資産税が最大で6倍にもなるからだと言われているが、日本が豊かになり、国民が住む場所を選べるようになったことが最大の理由だろう。
あれほど家に苦労していた日本人が、今では空き家が増えすぎて困っている。これは、この世に変わらないものはないということの実証だ。開発協力の世界でも似たような話が数多ある。例えば35年ほど前、インドネシアで日本のODAを取材した時のことだ。文字通り寝食を忘れて仕事に没頭していたあるJICA専門家が「この国にODAを投入するのは、底のないバケツに水を注ぐようなものです」と、疲れた顔で話していた。
しかし、その後のインドネシアは、日本などからの援助が徐々に結実、少しずつバケツの底が出来はじめ、水も溜まっていった。今や、ASEANを代表して主要経済国会合G20のメンバー国となり、理想的な人口ピラミッドを持つ資源大国として、新興5か国(BRICS)にもう一つIを加えたBRIICSと呼ばれる国にまで変貌している。
現在、開発協力に携わる人たちが一番、苦戦している地域は、サブ・サハラ地域だろう。国連のミレニアム開発目標(MDGs)のゴールが1年後に迫った今も、目標達成の道は遠い。アフリカの片隅で、あの時のインドネシアのJICA専門家と同じように、天を仰いで溜息をついている専門家がいるに違いない。
だが、長らく社会の移ろいを見てきた私が確信するのは、この世に万古不易なものはないということだ。地球上から貧困、飢餓、差別、紛争など不幸がなくなる時代は必ず来る。
戦後、住宅困窮者に住宅を提供するために設立された日本住宅公団は、役目を終え、現在は都市再生機構(UR)となって新たな職務を遂行している。いつの日になるかは分からないが、途上国の諸問題が解決してJICAの仕事が無くなり、新たな任務を得た組織に変わる日が来るかもしれない。そんな馬鹿な!と思う人も多いだろう。だが、諸行は無常なのだ。