訪日中国人は、今後の日中関係に何を残すのか

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.345 23 Feb 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

最近、国内の観光地を旅して帰ってきた友人の中に、「どこに行っても中国人観光客ばかりだった」と語る人が多い。旅に出る時間的余裕がない私などでも、都内で毎日のように中国語を話す観光客らしい一団の姿を見かける。

1月20日、太田国土交通相は、2014年に日本を訪れた外国人観光客の数が1341万3600人に達したと発表した。この数は訪日外国人観光客数が初めて1000万人を超えた2013年より300万人以上(29・4%)も多く、2020年に年間2000万人の外国人観光客誘致を目指す政府にとって、予測を上回る伸び率は嬉しい誤算のようだ。

観光庁発表の訪日外国人観光客集計を国・地域別に見ると、1位が台湾で282万人、2位が韓国で275万人、3位が中国で240万人、続いて4位香港(92万人)、5位アメリカ(89万人)の順だ。日韓関係の悪化で韓国からの観光客が前年比12・2%増に止まっているのに対し、中国からの観光客は政治とは関係なく前年比83・3%も伸びている。中国人観光客が一気に増えたため、「町に中国人が溢れている」という印象を持つ人が多いのかもしれない。

中国人ラッシュを感じさせるのは、中国からの観光客が急増したことだけではないようだ。1位の台湾、4位の香港も中国語を母語とする人たちだから、原則中国語を話す旅行者の合計数は614万人になる。つまり、昨年日本を訪れた観光客の半数近くは、中国語スピーカーなのだ。日本人は一般的に中国語を話す人は、みんな中国人と考えがちだ。そこから、「どこに行っても中国人」という声が出てくるのだろう。

殺到する中国人観光客に対して、「ルールを守らない」とか、「大声で話してうるさい」などと苦情を言う人もたまにいる。だが、中国人は高額商品を気前よく買ってくれる大切なお客様でもあるようだ。昨年10月に観光庁が発表した2014年1月—9月の外国人の旅行消費額(交通移動費、商品購買費など)は、総額1兆4677億円で、9か月間で2013年の1年分を超えた。個人消費の停滞が本格的な経済回復の足かせになっている日本において、気前良くお金を落としてくれる外国人旅行者は、誠に有難い。

なかでも中国人観光客の旅行消費額は、1人平均23万6000円で、他国の観光客の平均より約8万円も多い。いささか行儀が悪くても、中国人観光客は日本経済に欠かせない存在になりつつあると言ってよい。

経済的な受益もさることながら、わざわざ日本に足を運んでくれる中国人の気持ちも嬉しい。来日した中国人のほとんどが、日本のオモテナシの心に接して好印象を持って帰ってゆくという。「日本に行く前は、親や友達から『あんな国に行くな』と止められた。私も恐る恐る来てみたが、日本で会った日本人は親切で、中国で教えられていた日本人とは大違いだった」と語る中国人の話をよく耳にする。

私は以前教えていた大学の中国人留学生たちと、今も交流を続けているが、過日、1人の卒業生が私のオフィスにやって来た。彼は卒業後、東京でアパートを借りることが出来ず、私が保証人になってやっと住居を確保したという経緯がある。今は中国人の留学生仲間とアニメ関係の会社を起業、ビジネスは順調で、6年前に内モンゴル自治区出身の留学生と結婚、埼玉県に一戸建て住宅を購入して家族4人で幸せに暮らしている。

今回の訪問の用件は、日本の永住権を取るための保証人の依頼だった。「なぜ日本に永住したいのか」という私の質問に「日本は素晴らしい国だからです」と短く言う。日本に留学した中国の若者の中には、日本永住を希望する人がかなり多いらしい。ギクシャクする日中関係の中で、在日中国人の居心地はあまり良くないはずだが、それでもこの国が好きになるという。

長期間、日本に滞在する留学生に比べると、観光客の滞日期間はほんのわずかだ。しかし、数日間であっという間に対日感を好転させる人が多いことは、反日教育に力を入れている中国政府にとって好ましい事でないはずだ。今のところ、中国政府に日本留学や観光旅行を制限する気配はない。私のような料簡の狭い人間は、せっかく子どもの頃から叩き込んだ反日教育が、現実の日本を知ることで、緩んでしまったら困るのではないかと思うのだが、中国政府はそんな細かいことは、あまり気にしない様子だ。

それとも、十分に承知の上で、大衆の日本行きを許可しているとも考えられる。能天気といわれるのを覚悟で言えば、外交的に強硬な反日教育を継続する一方、国民を直接日本に触れさせて、対日感情を徐々に修正、将来考えられる日中関係改善に備えているのかもしれない。辻褄の合わない政策にも見えるが、何といってもこの国は大人(たいじん)が住む国だ。思考法も凡人の常識を超えていると思いたい。

数日後、再びオフィスにやってきた中国人元留学生は、私が用意した永住申請関係書類を受け取って嬉しそうに帰って行った。永住が許可されるかどうかは、わからない。だが、こうした中国の若者が増えることは、将来の日中関係改善に役立つことは間違いない。国費留学生の受け入れ事業には、さまざまな分野でODA予算が活用されてきた。ODAが巡り巡って将来の東アジアの平和と安定に寄与すれば、これもまた嬉しいアウトプットだろう。