歴史の視点からも見たい現代の国際論争

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.348 8 Apr 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

3月23日にベルリンで行われたギリシャのチプラス首相と、ドイツのメルケル首相の会談は、チプラス首相が会談後に「われわれはお互いを理解する」と語るなど、穏やかな雰囲気の中で行われたようだ。しかし、実際はギリシャ金融支援を巡る両国の見解の隔たりは埋まっておらず、デフォルト回避の道は未だに闇の中にある。(4月5日現在)

ギリシャの財政再建問題を巡って、昨年から独希間で論争が続けられてきたが、途中でギリシャが第二次大戦時の損害賠償問題に触れたことには驚いた。1941年4月、独伊連合軍がアテネに侵攻、ギリシャは終戦まで独伊と枢軸国側のブルガリアの3国で分割統治された。この間、ドイツは「占領費用」の名目でギリシャに融資を強制、融資させられた総額は、現在の貨幣価値で110億ユーロに相当するとされる。ギリシャ国内では、これまでにもドイツに賠償を求める声がたびたび出ており、急に持ち出された話ではないが、今回、ドイツとの軋轢が高まったことで、古傷が疼いたのだろう。

メルケル首相は「ナチス・ドイツの賠償問題は、1990年の東西ドイツ統一時に、政治的にも法的にも解決済み」と応じる気配を見せていない。ギリシャは「独政府の資産を押さえる用意がある」などと食い下がっているが、ベルリンでチプラス首相が「賠償問題は倫理問題で、金銭を求めるものではない」と発言したことで、争点は賠償金から謝罪問題に移ってきたようだ。謝罪となると両国国民の感情が入るだけに、余計に厄介な問題になるかもしれない。周辺国と似たような問題を抱える日本としては解決策が気になるところだ。

一方、アジアでは今月、実施が予定されている香港の行政長官選挙を巡って、旧宗主国イギリスと中国間で論争が起きた。こちらも過去の歴史が重くのし掛かる論争だ。争点となっているのは、31年前の1984年に調印された「中英共同宣言」を巡る見解の相違だが、根底は150年以上も前の「アヘン戦争」や「アロー戦争」を引きずっている論争と言える。

私は今回の中英論争には2つの視点があると思う。1つは「中英共同宣言」に対する考えだ。同宣言は、1842年の南京条約でイギリスに永久割譲されていた香港を、1997年に中国に返還するにあたって結ばれた公式の国際条約だ。条約は返還後50年間、一国二制度のもとで、香港に高度な自治が付与されることを規定している。中国は宣言の趣旨に基づいて1990年に普通選挙の実施を明示した「香港基本法」を採択した。

ここまでは問題がなかったのだが、2013年、中国が一方的に共同宣言を無効とし、次期行政長官選から民主派候補の立候補を事実上排除する法案を「立法会(香港議会)」提出する方針を明らかにしたことで、中英関係はギクシャクし始めた。昨年11月、英下院外交委員団は、行政長官選の民主化を求める学生たちのデモの現地調査を試みたが、中国政府は調査団の香港入りを拒んだ。英議会の抗議に中国外務省は「入国事務は中国の主権であり、認めるか認めないかは中国が決める」と、まったく取り合わなかった。簡単に引き下がるわけにはいかなくなった英下院外交委員会は、3月6日、「中英共同宣言に謳われた高度な自治が緊張に晒されている」という報告書を発表している。

中英共同宣言には多くの曖昧な部分があるとはいえ、国際法秩序から見れば、中国は順守する義務があると考えるのが普通だろう。だが、歴史を遡って香港が大英帝国の2つの悪名高い戦争で割愛されたという150年前のことを考えると、見方も多少変わってくる。これが2つ目の視点だ。もともと中国の一部であった香港について、21世紀になってまで英国が介入する資格があるのか、という民族的、歴史的観点からの違和感だ。19世紀に力で世界を支配した大国に対し、21世紀に大国化した国が力で国際条約を破棄しようという、旧勢力と新勢力の力のぶつかり合いという構図にも見える。

世界が「力の変化(Power Transition)」の時代に入ったといわれて久しい。「力の変化」は、米中間の問題として捉えられることが多いが、先進国全体の力に陰りが見え、途上国の中に力をつけてきた国が増えたことも影響を及ぼしている。アジア、アフリカ、中近東などで、現在起きている紛争や摩擦には、既得権益を持つ先進国に対し、途上国が過去に失った権利を返せという類のものも数多い。

民主主義やオリンピック発祥の地であるギリシャや、世界に冠たる文化を築き、今や世界第二の経済大国になった中国を途上国扱いにするのは些かの抵抗もあるが、英独と比較すれば、両国はやはり歴史の中の被害者グループだ。そう思って今回の2つの論争を見ていると、「理」では問題なく英独に与するものの、「情」に立つと中希の気持ちも少しは分る。「条理の狭間」の心境だ。

過去の「力の変化」の時代には、必ずと言って良いほど戦争が起きたことを忘れてはならない。幸い、現在の「力の変化」は摩擦程度に収まっているが、摩擦が火を起こすことも間間ある。発火を防ぐためには、われわれは途上国側の主張にも耳を傾ける雅量を持つことが必要だ。援助の世界にいて、途上国の心情を理解する援助関係者には、その道案内を務めて貰いたい。