JICAもAIIBに「ガイアツ」を

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.350 18 May 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

最近はあまり聞かなくなったが、日米貿易摩擦が激しかった80年代末から90年代初頭にかけて、連日のように「ガイアツ(外圧)」という言葉がマスコミを賑わせていた。「ガイアツ」は文字通り外部からの圧力であるが、当時は日本に自動車輸出規制や米産農産物の市場開放等を迫るアメリカの圧力を指すことが多かった。その頃、アメリカの駐日大使を勤めたマイケル・アマコスト氏を、密かに「ミスター・ガイアツ」と呼んでいた人もいたほどだ。

しかし、もう20年以上も前の事であり、私も「ガイアツ」などという言葉を忘れかけていたのだが、最近、新聞を読みながら「ガイアツ」という言葉がしばしば浮かんでくる。それは「アジア開発銀行(ADB)」の制度改革に関する記事を読む時だ。

ADBは、5月2日から5日までアゼルバイジャンの首都バクーで加盟67か国代表が集まって年次総会を開いた。総会では貧困国に無償協力、低金利融資を行う「アジア開発基金(ADF)」の大部分と、中所得国向け融資の「通常資本財源(OCR)」を2017年から統合して融資構造を簡易にするほか、年間融資枠を現行の1・5倍にあたる200億ドル(約2兆4000億円)規模に増やすことなどを決定している。また、現地事務所に権限を委譲して融資の手続きを簡素化、これまで平均2年近くもかかっていた審査期間を短くすることも決めた。

欧米などを除くADBの48の域内国の中には、後発途上国(LDC)のカテゴリーに入るカンボジア、ネパール、キリバスなどの国もあるが、中所得国から卒業国に移行する国が確実に増えている。LDCとされる諸国も近年、経済成長の軌道に乗り始めており、ADFとOCRを分けして融資するのは、使い勝手が悪いと指摘されていた。融資枠の拡大とともに今回の改革は、多くの加盟国に歓迎されるだろう。

これまでそれほど注目を集めなかったADBの年次総会が、今年、こんなに話題になったのは、「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」設立準備が着々と進められているからだ。近く誕生するだろうアジア2つ目の国際開発金融機関に、ADBがどう向き合ってゆくのか、アジアばかりか世界のマスコミが関心を持ったのだ。

そんな中、腰が重いという印象だったADBが、今回は素早く改革策を決定した。それだけ、AIIBの誕生に危機感を高めているのだろう。外部から見ていると慌てて改革に動き出したという観すらある。まさに、AIIBという「ガイアツ」がADBを動かしたのだ。

ADBに加盟するアジアの国々が雪崩を打つようにAIIBに加盟した背景には、急増する資金需要に対応する新たな国際金融機関が必要だったことや、中国の活発な加入説得工作があったことは間違いない。しかし、ADBの官僚的な体質に不満を持つ国が多かったことも無視できない。ともに15%の出資比率を持つ日米両国の発言権が大きく、中国、インドを筆頭とする途上国の声が、ADBの運営に反映されにくかったことも、多くのアジアの国がAIIBになびいた一因とされる。

これは個人的体験からの印象で偏見かもしれないが、私もADBの体質に良い思いを持っていなかった。昔、マニラ首都圏マンダルヨング市にあるADB本部に取材に行ったことがあるのだが、アポを取って面会した上級職員の素っ気ない態度に驚かされた。慇懃ではあるが無礼でもあり、聞いたこと以外、返事をしようとしない。素っ気ない職員とのインタビューを終え、本部ビルを出た時、思わずため息が出たほどだ。公金を扱う組織に情実を挟む運営が許されるわけはないが、既得権と規則を盾にあまりにも無機質な国際官僚機関になったADBへの反感が、私同様、アジアの途上国の金融担当者の中にもあったのではないかと勝手に推測している。

AIIBは、年内発足を目指して中国の思惑通りに進んでいるように見える。5月後半からは、シンガポールで出資比率などを詰める創設メンバー国の首席交渉官会合が始まる。だが、加盟国の利害が絡む具体策の取極めとなると、難題が噴出することは必至だ。中国が自国の国内銀行のつもりで、強引に議事を進めれば、他の創設メンバーから強烈な反発も予想される。

しかし、アジアのインフラ整備の資金供給量拡大は、喫緊の課題であるだけに、運営法に対する多少の不満は、中国の圧倒的な資金力に押し流されてしまう可能性が高い。AIIBの内部から透明性等をチェックするという、英、仏、独などの先進国も、毎年8000億ドル(約96兆円)と推計されるアジアのインフラ市場を前に徹底抗戦できるのか、疑問だ。結局、AIIBは小異には目をつむり、中国の馬力で予定通りに船出するだろう。

中国の楼継偉財務相が「AIIBはADBと補完関係にあり、競争の相手ではない」と話し、中尾武彦ADB総裁も将来の協調融資の可能性を語るなど、今のところ、双方の関係者に互いを敵視する様子はない。アジアに2つ目の国際開発金融機関が生まれるのは、地域の発展にとって望ましい事だ。ADBとAIIBが共存できるかどうか、それは今後中国がAIIBの透明性、公平性、国際性向上にどれぐらいの努力と妥協をするか、に懸かっている。

麻生副総理・財務相はバクーのADB年次総会席上で、ADBとJICA、JBICの協力枠組みの創設を表明した。となると、JICAもAIIBの傍観者ではいられなくなる。次はJICAがJBIC,ADBと協力して、AIIBに国際基準遵守の「ガイアツ」をかける番だ。「ガイアツ」は自分たちだけでは解決出来ない難問を、外部の力によって解決する有難い効果もあることを忘れてはならない。