800年たっても輝く「マグナ・カルタ」の精神を大切に

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.351 26 May 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

5月13日の英国の新聞「ザ・ガーディアン」(電子版)を読んでいたら、「Prince Charles'Black Spider'Memos Reveal Lobbying of Tony Blair」いう見出しの記事が目に入った。これだけでは何の記事か良く分からないだろうから、本記を参考にして勝手に訳すと、「チャールズ皇太子が読みづらい字(黒蜘蛛のようにゴチャゴチャしている)の伝言メモをトニー・ブレア首相(当時)に送り、私見を伝えていたことが明らかになった」といった意味だ。

これでもまだ分からないだろうから、記事を小欄が抄訳すると次のようになる。「10年に及んだ本紙と政府の報道の自由を巡る争いの結果、チャールズ皇太子がイギリスの閣僚たちに送っていた秘密の手紙が、ついに公表された。皇太子が働きかけを行った数人の閣僚の中には、ブレア首相も含まれている。皇太子が閣僚たちの書き送った27通の手紙の内容は、軍隊、農業、建築、ホメオパシーまで多岐におよぶ」、「ブレア首相に送られた手紙の一つには、首相がイラクに展開する英軍の装備からリンクス型軍用ヘリを外したことに触れ、『われわれの軍隊が必要な装備を持たずに極めて危険な軍務に就くことを怖れる』と苦言を呈している」、「手紙は2004年9月から2005年4月まで8カ月間、首相と6つの行政機関に送られた。政府は手紙の公表によって、将来、国王になる人物の中立性を損なうことを危惧している」といったところだ。

門外漢である私は、イギリスの王室は行政にほとんど関与しない、と漠然と思っていた。それだけに、皇太子が閣僚たちに細事にわたって自分の考えを伝えていることに驚いた。これを読むと、英王室と行政機関は私が考えている以上、近い関係にあるらしい。そういえば、5年ほど前に日本でも公開されたイギリス映画「クイーン」で、エリザベス女王(ヘレン・ミレン)とブレア首相(マイケル・シーン)が、かなり立ち入った政治の話をしているシーンがあり、意外に思った憶えがある。あれはある程度、事実に基づいて書かれたシナリオだったのかもしれない。

私が「ザ・ガーディアン」の記事に注目した理由だが、実は皇太子のメモの内容とは別のところにある。私の興味を増幅させたのは、この記事がウェブ上に載った翌月の6月15日が、イギリス国王の権限を制限する「マグナ・カルタ(大憲章)」が制定されて800年になる日であることだった。大憲章制定から800年を経た現在も、王室と政府の関係がマスコミの話題になる国に畏敬の念を感じたともいえる。

1215年6月15日に制定された「マグナ・カルタ(ラテン語、英語ではThe Great Charter of liberties of England)」は、フランスとの戦いに敗れてフランス西部に保持していた領土を失い、「欠地王」と呼ばれた国王ジョンの王権を制限する文書だ。ジョン王時代の「マグナ・カルタ」は、その後いったん無効になり、イギリス現行法の一部として残っている「マグナ・カルタ」は、1225年に再度作られたヘンリー3世時代の憲章だという。

「マグナ・カルタ」が、イギリスだけでなく今も世界の人々に重視されているのは、63カ条から成る憲章に書かれている条文が、現代民主社会の普遍的価値観と共有する部分が多いからだ。条文には、王といえども法律に従わなければならぬ「法の支配」、重要政策の執行にあたり議会の招集を定めた「議会尊重」、国王の教会への介入を禁止した「宗教の自由」など今日の民主主義、自由主義の原点ともいえる文言が列記されている。以後、曲折はあったものの、イギリスはこの憲章を粛々と守って、世界の民主主義をリードする立憲君主制の超大国となった。「マグナ・カルタ」はイギリスだけでなく、北米13植民地が1776年に採択した独立宣言にも影響を及ぼしており、英、米という2つの「マグナ・カルタ」精神を共有する国が、近代社会の民主化を牽引してきたともいえる。

「マグナ・カルタ」が制定されて800年がたったが、世界の全ての国に「法の支配」や「議会尊重」の精神が根付いたとは言い難い。それどころか、21世紀になって「マグナ・カルタ」精神を無視する国や勢力が増えてきた。東シナ海やクリミア半島では万国公法を軽視した行為が続けられ、イスラム過激派組織は、敵対する宗教への武力攻撃を繰り返している。国際問題だけではない。内政面を見ても法の支配、議会尊重、宗教の自由、さらには基本的人権までも踏みにじる国家が跡を絶たない。

800年前の史実を調べてみると、「マグナ・カルタ」が制定される際、ジョン王と有力貴族、国民の間で激しい争いがあったことが分かる。途上国にいきなり民主的国家体制を根付かせるのは難しいが、一部に集中する権力をどうやって徐々に削減するか、国民だけでなく国際社会が協力して粘り強く改善する環境を作ることが重要だ。ここは800年前の史実を学び、見習いたい。

先進国は専制的指導者の首に、現代版「マグナ・カルタ」という鈴を付ける戦いを側面支援すべきだが、旗振り役が期待される英、米政府が、最近、あまり元気がないのは残念だ。日本も冷戦終焉直後、JICAなどが熱心に行っていた民主化支援事業の名があまり聞こえなくなった。「マグナ・カルタ」制定800年を機に、国際社会が一丸となって「マグナ・カルタ」精神を全世界に広める努力をしてほしい。

最後に蛇足ながら、ジョン王にシャーロット王女というかわいい子孫がお生まれになったことをお祝いしたい。