最も実効性のある制裁の方法は何か?

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.354 6 Jul 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

うんざりする猛暑がこれからやって来るというのに、今から秋の話をするのは早過ぎるかもしれない。それを承知で言わせてもらうと、今秋の日本外交の目玉の一つは、北方領土問題を睨んだ対露関係の改善だ。その前の夏の盛りに、戦後70年談話の発表があり、簡単に外交の軸足をロシアに移すのは難しいかもしれないが、70年談話を大過なく乗り切れば、外交目線がロシアに向かうと見る人は多い。

安部総理は6月8日、ドイツでのG7サミット終了後の記者会見で、「北方領土問題を前に進めるために、プーチン大統領の訪日を目指したい」と語り、対露外交に強い意欲を見せた。プーチン大統領も6月20日にモスクワでの外国通信社幹部との会見で「すべての問題は解決可能だ」と語り、発言の真意を測りかねる日本政府の気を揉ませた。さらに、6月24日には、安部首相とプーチン大統領が電話会談、大統領の訪日について両国政府間で協議を続けることを確認した。11月に開催されるG20サミット(トルコ)や、アジア太平洋経済協力会議首脳会議(フィリピン)での首脳会談も取りざたされている。日露関係改善へ、椊啄(そったく)の機が熟してきた観もある。

プーチン大統領の訪日の大きな障害となるのは、ウクライナ問題だ。力による現状変更は、国際法を順守する国家として認められるものではなく、アメリカや欧州連合(EU)と協力して、今後も停戦合意の完全履行などを求めてゆかなくてはならない。対露経済制裁に同調するのも、当然のことだろう。しかし、ロシアと領土問題を抱える非欧州国家という日本の立場は微妙だ。国際世論の非難を受けることなく、日本国民が望む形で日露関係が進展することを期待したい。

プーチン大統領がどういう意図で、「すべての問題は解決可能」と語ったのか、いろいろ憶測があるが、多くの専門家は日米欧の対露経済制裁包囲網を緩ませるのが狙いだと見ている。プーチン大統領は6月半ばにイタリアを訪問、天燃ガス輸入の30%をロシアに頼り、対露ビジネスも盛んなイタリアを狙って包囲網空洞化を図ったことは、記憶に新しい。領土やEEZ内での漁業問題もある日本への秋波も、この延長線上にあるという読みが妥当だろう。

ロシアに対しては、EUが2014年7月から経済制裁を実施、アメリカはそれ以前からエネルギー、金融大手4社に対する制裁を行ってきた。日本も米欧に同調中だ。日米欧の経済制裁は、昨秋からの原油価格の下落と相乗して、ロシア経済にジワジワとダメージを与えていることは間違いない。最近のプーチン大統領の言動には、そうしたロシアの焦りも感じられる。

経済制裁は自国の安全保障を脅かす危険がある国家や、国際秩序に反する行為が目立つ国に対し、しばしば発動されてきた。戦後の経済制裁というと、1962年からアメリカがキューバに実施している経済制裁(1996年に強化)、1962年から1991年まで南アフリカに発動された国連による経済制裁、2006年から国連や日本が発動している北朝鮮への経済制裁、2006年からの国連対イラン経済制裁などがある。

しかし、経済制裁は相手に与える心理的効果はあるとしても、政体を揺るがすほどの効果を挙げた事例はあまり聞かない。南アのアパルトヘイト崩壊について、経済制裁の成果だとする声もあるが、マンデラ氏の手腕、共産主義の衰退などが大きかったとする分析のほうが優勢だ。

今回の対露経済制裁に対しても、プーチン大統領は「2,3年続いてもロシア経済は持ちこたえられる」と意に介さない様子だ。6月24日のEUの制裁延長決定に対しても、2日後に米欧豪加などからの食料品輸入禁止措置の1年延長を発表するなど強気の姿勢を崩さない。だが、こうした強がりとは裏腹に、ロシアの銀行やエネルギー企業は、欧米での資金調達が規制されていることで、資金繰りが苦しくなっている。アメリカなどが世界の金融システムからロシアを締め出す作戦を実行、それが功を奏しているのだ。

国連の機能が十分に働かず、アメリカの指導力に陰りが見え、「Gゼロ」と言われる現在の国際社会にあって、国際秩序を乱す国家をどうやって糺すのか、有効な手段は見つかっていない。しかし、経済のグローバル化が深化している今、世界の金融システムから、当該国の金融機関を締め出すという手段には実効性がありそうだ。もちろん、金融制裁には制裁を加える側もそれなりの損失を覚悟しなければならない。だが、武器を使用することなく、国際秩序を乱す国を制裁することが出来るなら、これが最善の手段と言えるだろう。

日本はかつて原爆実験を強行したインドやパキスタン、それにクーデターが発生したミャンマー、ハイチなどに政府開発援助(ODA)を停止したことがある。ODA停止は大国インドを除いてそれなりの効果を発揮したが、中国など他国からの援助拡大で、効果は希釈された。経済援助の停止という手段は、国際社会が足並みを揃えるのが難しく、効果も限定的になる。それに、経済援助が停止されて一番困るのは、為政者ではなく貧しい庶民だという事実も悩ましい。

世界経済が一体化した現在、国際秩序を乱す国を世界金融システムから締め出す作戦は、効果的なツールとなるだろう。プーチン大統領が経済制裁に耐え切れず、素直な気持ちで日露首脳会談に出てきてくれたら、今秋の日露外交も楽しみなものになるはずだ。