今度こそメコン人材の活用を

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.355 23 Jul 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

7月4日に東京・元赤坂の迎賓館で開かれた第7回「日・メコン首脳会議」で日本政府は、参加したメコン流域5か国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム)に対し、2016年度から3年間に7500億円規模のODAを実施することを表明した。

同会議は2009年に東京で第1回首脳会議が行われ、その際、採択された「東京宣言」では、以後3年に1度、日本で首脳会談を開催、それ以外の年は5か国首脳が出席する国際会議の場で首脳会議を開くことを決めている。だが、実際は第4回と第5回の首脳会議も東京で行われており、7回の会議中4回は東京での開催になっている。なかでも安倍政権になってからは、もう3回目の東京開催だ。地球儀俯瞰外交の重要拠点の一つであり、5か国の合計人口が約2億5000万人に達するメコン流域国家に対する政府の関心の高さを示す会議とも言えるだろう。

会議で採択された共同文書「新東京戦略2015」には、「メコン地域の連結性を高める質の高い成長の実現」、「アメリカ、中国、アジア開発銀行(ADB)など関係国、国際機関との連携強化」、「域内の産業構造の高度化、人材育成」などが盛り込まれた。この地域のインフラ整備に関心を寄せる「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」が、質に多少の不安があっても、低コストのインフラ建設を支援すると見られることで、共同文書に「質の高い成長」という文言を加えるなど、多分に中国、AIIBを意識した会議だった。わざわざ「ADBとの連携」を入れていることでもそれが窺える。

「日・メコン首脳会議」の歴史がまだ浅いことや、近年、インドシナ半島への影響力を巡って日米中のせめぎ合いが激しくなっていることで、日本が慌ててメコン流域国家に接近を試みているようにも見えるが、実際は日本のメコン開発への関わりは深くて長い。

日本は戦後、いち早く世界7位の流域面積を持つ大河の流域開発に協力を表明、1959年から60年にかけてはラオス、カンボジア、タイ、南ベトナムの4か国が形成する「メコン委員会」が行った流域調査に技術協力した。この調査結果をもとに「アジア極東経済委員会(ECAFE,1974年に「アジア・太平洋経済社会委員会=ESCAP」に改組)」にも「暫定メコン委員会」が作られている。

メコン流域開発の進行は、ベトナム戦争の激化で一時頓挫したが、インドシナ半島に平和が戻った90年代から再び活性化、1993年には日本がベトナム戦争後のインドシナ半島の経済復興、インフラ再建、国際社会の関心喚起などを目的にした「インドシナ総合開発フォーラム(FCDI)」の開催を提案、数回にわたって東京で準備会合を開いた後、1995年12月に東京でインドシナ諸国とASEAN、欧州諸国、国際機関などが参加する関係閣僚会議が開かれている。

こうした日本によるFCDI開催の提唱がきっかけとなって、1992年にADBによる「大メコン圏(GMS=Greater Mekong Sub-Region)開発計画」が作成されるまでになったのだ。過去半世紀以上のメコン開発の経緯を見ると、日本はつねに旗振り役を担ってきたと自負して良いだろう。

しかしながら、これまでの日本のODAで、タイ以外の国に対するインフラ整備への協力となると、十分とはいえない。その理由は相手国が内戦などにより政治的、社会的に不安定で、インフラを整備する環境が整っていなかったことが一つの要因だ。

2013年までに参加5か国に供与されたODAの累計額を見ると、タイが2兆6000億円、ベトナムが2兆5500億円、カンボジアが3000億円、ラオスが2500億円、ミャンマーが1兆円で、タイ、ベトナムなどは金額的には十分に見える。ベトナムの場合、南北統一前の南ベトナムにダニム水力発電所、カントー火力発電所に対する円借款、チョウライ病院建設のための無償資金協力などインフラ支援の実績もある。しかし南北統一後からベトナム軍のカンボジア侵攻期にかけては、台風や洪水など自然災害への緊急援助と、日赤を通した日本脳炎などの治療といった人道的観点からの支援に限られており、経済成長を促す大型のインフラ支援は少なかった。

カンボジア、ラオス、ミャンマーも同じような理由により人道援助に特化していた時代があり、これらの国にもインフラ支援がほとんど実施されなかった時期があった。欧米主要先進国からの大型援助も少なかったため、タイを除く4か国は他のASEAN諸国に比べると、経済関連インフラの整備が大きく遅れていたのだ。

しかし、最近はこの4か国も先行する中進国を追って経済成長が加速しており、インフラ需要も急増している。今回、日本がメコン流域国に対して巨額のODA供与を表明したことで、流域のインフラ整備が大きく前進することが期待される。

残念ながら、もう鬼籍に入られた方もいらっしゃるが、日本にはFCDIやGMS計画作成の時代からメコン開発に深く関わってきたメコン開発の国際的専門家がたくさんいる。これらの人たちの知見は、中国やAIIBが持つ経験、知識を凌駕するものであることは間違いない。日本の人的資産でもある"メコン人材"がまだ現役でいるうちに、彼らを対メコンODAに活用することを視野に入れて貰いたい。日本が誇る"メコン人材"は、質の良いインフラの開発の牽引者になるはずだ。