漁網やウエディング・ドレスに使われている防虫蚊帳の危険

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.356 25 Aug 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

7月下旬、旅先のホテルでふと手にしたイギリス代表紙「タイムズ」に、援助について改めて考えさせられる記事が載っていた。「お金と命を失う蚊帳の誤用(Money and Lives Lost by Misuse of Mosquito Net)」という見出しの大きな記事だ。

本文を抄訳すると以下のようになる。

「英国の納税者がアフリカの貧困地帯でのマラリア対策のために贈った防虫加工の蚊帳が、ウエディング・ドレスに作りかえられたり、子ども部屋として使われたりしている。また、蚊帳が漁網、バナナジュースを作るための濾過網、食用シロアリ捕獲ネットなどにも転用されている」

「これらの防虫蚊帳は、ブレア首相らが参加して開かれた2001年の主要国首脳会議(G8=筆者注:ジェノバ・サミット、日本は小泉首相[当時]が参加)で設立が合意され、2002年に業務を開始した『The Global Fund To Fight Aids, Tuberculosis and Malaria=世界エイズ、結核、マラリア対策基金(世界基金)』から疫病に苦しむアフリカ諸国に贈られたものだ。すでに5億4800万張りの防虫蚊帳が贈呈されている」

「G8の各国政府から拠出された潤沢な資金を持つ同基金は、最初の活動として直接的な医療よりも、マラリア対策に効果を発揮する防虫蚊帳の普及を選んだ。年に4000人がマラリアで命を落とし、主要な死因となっているウガンダには、同基金から2100万張りの蚊帳が贈られた。これによって現在ではウガンダの全域に防虫蚊帳が普及している。数年前、イギリス大使から蚊帳を贈呈されたムセベニ大統領は、当時は誤用すると危険であることを認識していなかったが、今は『蚊帳を白アリ捕獲や漁網に使うことは国の恥だ』と警告している」

「ウガンダ以外のタンガニーカ湖に面する4つの国も、同じように蚊帳を漁網に転用しており、目が細かい蚊帳によって幼魚まで捕獲して資源の枯渇を招く恐れがある。さらに、蚊帳にコーティングされている防虫剤には、発がん性があるとされ、水に溶けた防虫剤によって湖水が汚染される心配もある。約1200万人の周辺住民は、湖水を飲料水としているほか、湖で獲れた魚を常食しており、健康への影響も危惧される」

と、防虫蚊帳の誤用の恐ろしさを訴えている。だが、記者の批判の矛先は、英国政府と世界基金にも向いているようで、「潤沢な資金を持つ世界基金は、アフリカから遠く離れたジュネーブに360台分もの駐車スペースがあるオフィスに、年間1300万ドルもの高額家賃を払って悠々と仕事をしている」、「世界基金が支援するナイジェリアの『マラリア・コントロール事業』への会計監査では、73の不正な航空旅券の使用や、乗用車、パソコン、蚊帳を高値で購入したことなどが指摘された」、「1年半前にキャメロン首相は、国民総所得の0・7%を援助に充てることを明言した。首相は英国が世界基金を活性化させ、G8内のリーダー役となることを目指しており、そのため、数十億ポンドもの資金を拠出したのだ」といった記事が続いていた。

蚊帳は、江戸時代から広く庶民の間で使われており、日本の夏の風物詩にもなっている。そのせいか日本の伝統品と思うこともあるが、良く考えると、古代エジプトなど世界の熱帯地方では紀元前から防虫用具として使われており、近年も各国の病院、軍隊などで使用されている国際派の用具だ。

日本政府も世界基金を積極的に支援しており、外務省のホームページによると、2002年から2014年までに総額21・6億ドルを拠出、JICAも世界基金の要請を受けて2012年から2014年まで、アフガニスタンで防虫蚊帳の普及活動を支援したという。このほか、いくつかの日本のNGOが世界基金の実施団体として、防虫蚊帳の配布に携わってきた。ホームページには「2013年末までに3億6000万張りの殺虫剤浸透蚊帳が配布され、累計870万人以上の命が救われた」と書いてある。

「タイムズ」紙の記事も、「今もマラリアは世界97か国で猛威をふるっており、毎年2億人が発症しているが、WHOの資料によると、2000年に世界で約98万人いたマラリアの犠牲者が、2010年には約65万人に減っている。その背景に防虫蚊帳の普及がある」としており、防虫蚊帳が一定の効果を挙げていることを認めている。

だが、「蚊帳は本来、蚊を入れない機能があるのに農薬を練り込むことは、税金の無駄遣い」とか「子どもの脳の発達障害や、発がん性が疑われる農薬を蚊帳に使用するのを中止すべき」など疑問の声も絶えない。確かに蚊が触れただけで防虫効果があるとなると、練り込まれた殺虫剤は相当、強力なものなのだろう。この記事を読んでいて、防虫蚊帳は防疫効果と健康を脅かす危険が背中合わせになっているのではないかと、今更ながら心配になった。

防疫効果はすでに実証されているのだから、今後の課題は誤用をどう回避するかということになる。しかし、漁網、バナナ濾し、シロアリ捕獲網など生活に浸透して使われている現実を見ると、そう簡単には改善されないだろう。善意で始まった防虫蚊帳の普及が住民の生活を蝕む凶器とならないために、配布と同じエネルギーを、正しい使用法の教育に費やさなければならない。援助とは本当に難しいものだ。