政治家の過激発言は世界の毒薬になる危険

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.357 3 Sep 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

2016年11月の大統領選に向けて、アメリカ社会はすでに選挙モードに入っている。

3月末に共和党のテッド・クルーズ上院議員が、立候補を表明したのを皮切りに、その後、民主、共和両党から多くの人物が党指名候補争いに名乗りを上げている。賑やかなのは、17人(8月24日現在)も立候補している共和党だ。

これまでの米マスコミなどの報道によると、本命不在とされる中での有力候補は、ジェブ・ブッシュ・元フロリダ州知事、スコット・ウォーカー・ウィスコンシン州知事あたりのようだ。だが、現在、最も支持率が高いのは、6月16日に立候補を表明した実業家ドナルド・トランプ氏だという。これは風説ではなく、8月10日にロイター通信とイプソス社が行った共和党候補に関する世論調査で、トランプ氏は断トツの24%の支持を得た。ブッシュ氏は12%で2位、8月6日にクリーブランドで行われた共和党全国委員会公認の第1回討論会で好評だった保守派若手のホープ、キューバ系のマルコ・ルビオ上院議員が8%で3位につけている。

トランプ氏といえば、不動産王という異名が即座に浮かぶ。実際、トランプ氏はホテルやカジノを経営して巨額の資産を築いた億万長者だ。2007年末から起きたサブプライム問題で、一時倒産も伝えられたが、すぐに復活したようで、今も1兆円を超す資産を持っているらしい。2008年の大統領選の際、オバマ候補の国籍や学歴に疑問を投げるなど、あまりお行儀が良くない人という印象は拭えないが、国内外の知名度は抜群だ。

トランプ氏は、今回の共和党指名選でも序盤の話題をさらっている。だが、決して褒められる言動で注目を集めているわけではない。メキシコ移民や女性への差別発言などが反発を買い、それが話題となってマスコミ露出度が高いことが、高支持率の原因だ。過激な発言で注目を引くのはトランプ氏の常とう手段とされるが、支持率と同じように不支持率も高く、禁じ手がいつまで続くか疑問視する声もある。結局、共和党候補は、ブッシュ、ウォーカー、ルビオ氏あたりに落ち着くというのが大方の見方だが、選挙は魔物だから、これから先どんな流れになるのか、誰にも分からない。

トランプ旋風が一時的なもので終わるとしても、序盤の世論調査で有力候補を抑えてトップに立ったという現実に、私は21世紀初頭の政治の怖さを感じる。トランプ氏のどこがアメリカ市民の心を捉えているのかを分析すると、言いにくい問題について直言する姿勢だろう。ヒスパニック系移民に何となく不満を持っているが、口に出すことは控えてきた人に、トランプ氏の言葉は腹の膨れを解消する消化剤なのだ。民主国家において、多くの市民が安心して暮らすためには、法のもとで互恵、互譲の精神が優先されることは言うまでもない。だが、善良な市民として自己を抑える毎日の生活は、同時に閉塞感を募らせる。自分に替わって、トランプ氏のように言い難いことをズバッと言う人を喝采する土壌が育つのだ。

このような人物がスポットライトを浴びる傾向は、アメリカだけの話ではない。近年、熟成した民主国家に共通して見られる現象でもある。8月20日、党創設者でありながら娘のマリーヌ・ルペン国民戦線党首から党籍を剥奪されたジャンマリー・ルペン氏は、ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を「ささいなこと」と言うなど、過激な発言で一部国民の支持を受けてきた。ドイツでも反移民、南欧のユーロ圏離脱などを訴える右派政党「ドイツのための選択肢」が創設2年で、ハンブルグ特別市の議席を獲得した。デンマークでも移民を敵視する極右政党「デンマーク国民党」の支持率が上昇、現在は与党「社会民主党」を上回り、最大野党「自由党」に次ぐ支持を受けている。スイスでも昨年、右派の国民党が提案した移民規制に関する国民投票の結果、EU内からの移民が制限されるようになっている。

このほか、イタリア、オーストリア、オランダなど欧州全般で、右派ポピュリスト政党が台頭している。一方、イギリス労働党では反緊縮財政、核兵器廃絶などを訴える強硬な左翼政治家ジェレミー・コービン氏が支持を増やしており、9月半ば判明する党首選投票の結果によっては、労働党に左翼系党首が生まれる可能性も高い。ギリシャのチプラス首相も、過激な発言で国民の心を捉えた政治家だし、5月の英総選挙で議席を伸ばした「スコットランド民族党(SNP)」のスタージョン党首も、スコットランド人の本音を直入に語って支持を得た。

今、欧米先進国で台風の目となっている政治家は、左右の思想とは関係なく大胆にものを言うところに共通点がある。従来なら敬遠された政治家が支持される背景には、既成の大政党が失速して、国民が政治不信に陥っていることが大きい。頼りない既成政党の政治家に替わる、自分たちの代弁者を捜しているのだ。アメリカでは移民問題でトランプ氏に追随する候補が出てきたとも聞く。過激発言を容認する人が増える社会は極めて危険だ。国民の関心を惹く争いが高じると、扇動合戦になってくる。過去にアジテーターが政権を握った国で、国民が幸せになった例は一つもない。

もう一つ危惧されるのは、先進民主国家の政治が過激発言に毒され、停滞してゆくのを見る途上国の人たちの反応だ。専制政治を排除して民主国家の建設を目指して頑張ってきた自分たちのゴールが、扇動で揺らぐようでは、到底手本にはならない。途上国の人たちを失望させないためにも、先進国の国民は、過激なパフォーマンスに惑わされない正しい判断力を培うことが重要だ。これは個人の努力に頼る部分が多いが、個々に出来る有効な開発協力と考えれば、自己研鑽もやりがいがある。