ミャンマーの山手線は山陰本線だった。

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.358 25 Sep 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

7月に訪問したミャンマー(緬)で珍しい体験をしたので、今回もミャンマー報告といきたい。

珍しい体験とは、ヤンゴン市の環状線に乗ったことだ。私は「乗り鉄」とか「撮り鉄」と呼ばれるほどの鉄道マニアではないが、旅先で見たことがない形状の車両を見かけると、近寄って行って写真を撮る程度の鉄道好きではある。

海外出張のおり、次の訪問地に鉄道移動が可能と聞くと飛行機をキャンセルして、わざわざ鉄道を選んだこともある。30年以上も前の話になるが、エチオピアのハラールからアディガラまで4時間以上も乗ったフランス製の車両は、窓ガラスが無く吹き込んでくる熱砂の風で頭がクラクラした。10年ほど前に乗ったベトナム・ハノイからハイフォンまでの電車の窓は、投石に備えて頑丈な金網が張ってあり、まるで護送車に乗っているようだった。その時は快適な日本の車両が恋しかったが、今は楽しい思い出だけが残る。

世界の都市環状線といえば、まず東京の山手線が頭に浮かぶ。ロンドンには1863年に開通した「サークル・ライン」があるが、地下鉄(世界最初の地下鉄)であり、ウィーンの環状線も路面電車だ。全長34.5キロ、29もの駅があり、11両編成で地上を走る山手線と比べると、いささか魅力に欠ける。

山手線こそ世界一の都市環状線だと自負していたのだが、驚くことにヤンゴンの環状線は、複線で全長45.9キロ、駅数も37あり、山手線を一回り大きくした鉄道なのだ。山手線が1909年に品川−赤羽間の運行を開始して1925年に環状線になったのに対し、ヤンゴン環状線は1852年の第二次英緬戦争でヤンゴンを占領した英国が、1877年にヤンゴン(占領後ラングーンに改名)とDANYINGON間で運行を開始、独立後の1954年に現在の環状線となったという。両環状線は規模・歴史から見て、互角の世界的都市環状線と言って良いだろう。

ヤンゴン環状線に乗るため、ヤンゴン中央駅に行った。1877年に建設された駅舎はヴィクトリア調だったらしいが、第二次世界大戦中、日本軍から逃れる英軍が破壊、現在の駅舎は1954年に再建されたビルマ様式の建造物だ。中央と左右の両端に4つの塔がある白い大きな駅舎は、佇まいがどこか東京駅に似ている。

駅舎に入って環状線のホームに向かうと、ラッシュアワーを過ぎていたこともあったが、人影はまばらで、入出構する電車も少ない。人で溢れ、電車が絶え間なくやって来る東京駅と比べると格段に淋しい。案内をして頂いたJICAの松尾伸之専門家から渡された切符の値段は200チャット(約30円)。これで一周出来るという。切符はホームの事務所で売っているが、改札はなく車内で車掌が検札するシステムという。しかし、切符を買わない人も多いらしい。

遠くのホームに停車中の車両に線路側から乗り込むと、意外や車内は冷房が効いていて、白いカバーが掛けられた椅子は清潔で快適だ。蒸し暑い汚れた車両を覚悟していた身には、やや肩すかしを食った感じだ。この客車は、日本から贈与された山陰本線特急列車の車両で、4,5年前までは山陰本線を走っていたという。立体交差する道路橋の高さに合わせ、上部が切り取られ天井が低いのが特徴だ。そのため両サイドの荷物棚は、取り払われている。希少な快適車両に乗り合わせたのは偶然だったのか、松尾専門家の配慮だったのか、今も良く分からないが、涼しい車両は有難かった。

電車が動き出したので、さっそく車窓の風景を楽しむ。町を線路側から見ると、ヤンゴンの人々の生活感あふれる風景が見えて楽しさが倍増する。都市部を離れると、線路際には空芯菜(くうしんさい)の畑が続き、駅が近づくと国鉄職員の社宅が現れてくる。日本でも昔は線路沿いに国鉄職員の社宅が並んでいたから、鉄道マンは、世界共通の発想をするらしい。速度が遅いヤンゴン環状線は1周するのに約3時間もかかるというので、20駅ほど走ったミンガラドン駅で降車、ヤンゴン環状線の体験乗車は約1時間で終わった。

JICAは現在、ヤンゴン−マンダレー間の軌道、信号、車両を改修、改良する「ヤンゴン−マンダレー間幹線鉄道近代化事業」、列車の集中監視システムを導入する「鉄道信号システム改良事業」などミャンマーの鉄道セクターの支援事業を実施中だ。ヤンゴン環状線に係る「ミャンマー鉄道安全性・サービス向上プログラム」では、鉄道運営・維持管理能力の強化を図ることを目的に、ヤンゴン−バゴー間の一部区間で、道床(どうしょう)の突き固め、レール交換などの保線技術を現場で教えている。環状線に乗っていて、揺れが少なくなったなと感じると、同行の松尾専門家が「この区間の道床の突き固めを教えて、改良された区間です」と成果を楽しんでいた。

JICAは、現状では近代的とは言えないヤンゴン環状線を改修して、より安全で効率の良い近代鉄道にする調査を実施中だ。うまくいけば数年後に円借款を供与して実施する考えもある。ヤンゴン環状線が日本の協力で、文字通り山手線と並ぶ近代的な鉄道に生まれ変わったら、ヤンゴン首都圏はいっそう活力を増してミャンマー経済、社会を牽引するインフラとなるだろう。これだけ立派な社会資産を活用しない手はない。環状線の近代化事業には、多くの国が参入を狙ていると聞く。受注競争に勝って、日本の計画が実現する日が来ることを期待したい。