改めて感じた日本人のミャンマーへの親近感

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.364 7 Dec 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

11月8日のミャンマー総選挙は、国民民主連盟(NLD)の勝利が早くから予測されていたものの、これほどの地滑り的勝利を収めると読んでいた人は少なかったのではないか。今のところ、国軍は冷静な対応を見せており、来年3月の政権移行までのプロセスは順調に遂行されそうだ。数多のハードルを乗り越えて、ミャンマーに真の民主政権が誕生することを期待したい。

選挙結果もさることながら、私にとって今回のミャンマー総選挙でもう一つ予想外だったのは、日本社会の反響の大きさだ。日本人はビルマと呼ばれていた時代から、同じアジアの仏教国という縁もあり、この国に親近感を持つ人が多かったことは間違いない。だが、鎖国状態に近かった長い軍政の間に、ミャンマーの名はいつの間にか日本人の頭の中から薄れてゆき、タイ、ベトナムといった新興のASEAN諸国の影に隠れる存在になっていたことも事実だ。

もっとも、日本人の東南アジア諸国への関心が高まったといっても、ほとんどが観光・文化関連の事象止まりで、相手国の政治問題にまで興味の範囲を広げている人は、まだ少ない。ところが、今回のミャンマー総選挙の動向には、日頃、政治にあまり関心を示さない人までが注目した。

個人の話で恐縮だが、11月中旬、私は日本人のミャンマーに対する関心の高さを実感する体験をした。それは、私が以前、小欄でミャンマーにおけるJICA事業のことなどを書いたのが縁となり、ミャンマー総選挙後、テレビ朝日、TBS,読売テレビの情報番組に連続的に出演を依頼され、選挙を絡めて諸々のミャンマー事情をコメントするはめになったことだ。

出演した番組は、いずれも通常はどちらかというと柔らかい話題を取り上げることが多い朝や昼のワイドショーで、お堅い外国の選挙の話などは敬遠される傾向がある。

なぜ、ミャンマーの総選挙の話がこれほど多く取り上げられたのか。放送の台本や司会者の私への質問などから推測すると、その理由は3つある。1つは容姿や佇まいにカリスマ性があり、15年に及ぶ軟禁生活に耐えた強い意志、さらに日本への留学経験もあるスーチーさん個人に対する興味。もう1つはスーチーさんの実父で、「ミャンマー建国」の父とされるアウン・サン将軍と旧日本軍との関係や映画「ビルマの竪琴」に描かれた旧日本兵の姿など、長く複雑な日緬(ミャンマー)関係に対する興味。最後が同じアジアの国でありながら、軍政時代は交流が少なかったこの国を「アジア最後のフロンティア」と捉え、未知の国の各種の事象(日焼け止めに使われる現地の化粧品「タナカ」など)に対する好奇心だ。

私が出演した番組はいずれも、ミャンマーの総選挙を正面から捉えており、真摯な番組だったと思う。こうした番組によって市井の人たちがミャンマーに対する認識を深め、政治家や外交専門家だけでなく日本人の心として今後のミャンマーの民主化を見守って貰えれば、誠に有難い。

各種のマスコミ等ですでに論じられたことではあるが、実質スーチー政権となる今後のミャンマーの重要課題を要約すれば、NLD内の人材開発、少数民族への対応、議席の25%を有し国防相など主要閣僚ポストを保持する国軍との折り合い、優秀な人材が集中する国軍兵士の活用、日、英、米、中、印など政治、経済、安全保障面でミャンマーへの影響力拡大を狙う諸国との外交—などだ。

なにより重要なことは、成長路線に乗り始めた経済の継続だ。テイン・セイン政権は、民主化によって日本の政府開発援助(ODA)など海外からの公的援助を増やし、さらに投資環境の改善で外資も呼び込んだ。現在のミャンマーは、多くの人が、生活レベルの向上を感じており、待望のNLD政権の誕生で、さらなる成長を期待している。それだけに、新政権が経済政策の舵取りを誤って経済が失速すると、政治も迷走して軍部の復権を招く起爆剤にもなりかねない。ミャンマーに民主主義を定着させるためには、「公正の配当」とともに「富の配当」を同時に示す必要があるのだ。

新政権が優先的にやらなくてはならない具体策は、政治構造改革を第一としても、同じ比重で経済の持続的成長を支えるエネルギー、運輸交通などインフラ整備だろう。停電、交通渋滞が常態化する現在の脆弱なインフラを放置しておけば、経済成長は必ず頓挫する。

ミャンマーが2014年から2030年までの間、年7・2%の成長を維持するためには、約2兆6700億円のインフラ投資が必要だというJICAのデータがある。日本はすでに電力、運輸交通、都市開発、情報通信など諸々の分野でミャンマーのインフラ整備支援に着手しており、安倍首相も5月にJICA、国際協力銀行(JBIC)、民間企業それにアジア開発銀行(ADB)が連携してオール・ジャパン体制で今後5年間、13兆円のインフラ整備支援を表明している。必ず実現しなければならない計画だ。

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)もミャンマーのインフラ整備支援に強い興味を示しているが、民主国家に生まれ変わるミャンマーの国づくりに相応しいパートナーは、アジアの民主国家・日本だ。さらに、オール・ジャパン体制の中には、テレビの前でスーチーさん、そしてミャンマーの巷の人たちを応援する多くの日本人がいる。ミャンマーの人もそんな日本人がたくさんいることを知ったら、きっと喜んでくれるだろう。