長すぎる米大統領選は世界の損失

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.367 27 Jan 2016
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

2016年アメリカ大統領選は、2月1日にアイオワ州で開かれる民主、共和両党の党員集会で火ぶたが切って落とされる。翌週の9日には両党ともニューハンプシャー州で予備選を行い、その後、20日の民主党ネバダ州党員集会と、共和党サウスカロナイナ州予備選へと続く。

党員集会、予備選とややこしいが、目的は共に代議員の選出だ。簡単に言えば、党員集会は学校などの会場に党員が集まり、話し合いや挙手によって代議員を選出する方式であり、予備選は有権者が投票所に行って代議員を選ぶ方式だ。代議員は、それぞれ支持する候補者を明示しており、代議員の獲得数によって党の正式候補が決まる。

序盤のヤマ場は3月1日のスーパーチューズデイだ。今年のスーパーチューズデイは、テキサス州など11州で両党の党員集会・予備選が実施される。近年、自州の価値を高めるため、別の日に党員集会・予備選を行う州が増えており、21もの州がスーパーチューズデイに党員集会・予備選を実施した2008年大統領選などと比較すると、今年は天王山と言われるほどの重みはない。

7月に入ると、民主党が25日から28日までフィラデルフィアで、共和党が18日から21日までクリーブランドで、それぞれ党大会を開いて正副大統領候補が決定する。党候補決定後、3か月余にわたる選挙運動を経て、11月8日の一般有権者の選挙人投票へと繋がる。間接選挙であるアメリカの大統領選は、選挙人が党候補者の代理人であるため、選挙人選挙の結果によって大統領選は決着がつく。あとは、2017年1月6日に連邦議会で選挙人投票を開票、1月20日に次期大統領の就任式が行われる段取りだ。

選挙の日程を書いただけで、ずいぶん多くのスペースを使ってしまったが、米大統領選の制度はまことにややこしい。手順だけでなく投票結果の判定方式も複雑だ。代議員選挙の判定は、1位の候補者が全ての代議員を獲得する勝者総取り方式と、得票数に応じて比例配分する方式など州によって異なる。選挙人選挙では、ネブラスカ州とメーン州を除く全州が勝者総取り方式を採用しているため、得票実数と選挙人獲得数が逆転するケース(2000年大統領選)もあって分かり難い。

この複雑な大統領選のシステムは、「正当なる権力はあくまで統治される者の同意に基づかなければならない」(アメリカ独立宣言)とするアメリカが、国民の声を根気よく公平に吸い上げるために築き上げた方式だ。確かに理にかなっているようにも見えるが、ここまで繁雑にする必要があるのだろうかと思うこともある。もう一つ疑問に思うのは、これほど長期間、選挙戦を行う必要があるのか、ということだ。

前述のように2月1日の党員集会で号砲が鳴ったことになるが、昨年3月末に共和党のクルーズ上院議員が立候補を表明、民主党も本命視されるクリントン前国務長官が4月半ばに早々と出馬を表明、以来、大統領選は事実上始まっていた。

勘案すると、米大統領選は2015年3月から一般有権者投票が行われる2016年11月まで約20か月の長丁場になり、2017年の大統領就任式までは、約22か月の月日を費やすことになる。大統領選にこれほど長い時間をかけるのも建国の理念を尊重、候補者が広い国土の隅々にまで足を運び、国民の本意を吸い上げる努力をするためだ。だが、このシステムは、広大な国土を幌馬車などで移動していた時代のものを基本としており、飛行機や高速道路によって短時間の移動が可能になり、テレビ、パソコン等で全米の有権者と同時にコミュニケーションがとれる現代にはそぐわない。

スーパーチューズデイや一般有権者投票日が、安息日である日曜日を基準にして火曜日に指定されるのも、建国時の習慣の名残と言われる。安息日を尊重する伝統は、信教を貫いた建国者の精神だから理解できるが、あまりにも悠長な選挙スケジュールには納得がいかない。何故なら、現在のアメリカは最初の大統領選が行われた1789年当時に比べ、国際社会における存在感が飛躍的に増大しているからだ。

2期目の大統領の最後の2年は「レームダック」と呼ばれ、影響力が落ちることは良く知られる。世界最強国家の指導者の権力に陰りが見えるこの期間、アメリカに対抗する国々は、「鬼の居ぬ間に…」としばしば勝手な行動を起こしてきた。まして世界情勢が急速に変化している現在、アメリカのリーダーが長期間、国際政治のピッチから外れることは、極めて危険だ。既存の国際秩序の変更に執念を燃やす中国は、1月下旬、習近平国家主席が中東諸国を歴訪、経済支援などをちらつかせながら、アメリカに替わってこの地域への影響力拡大を図っている。ロシアやイスラム国(IS)にとってもこのアメリカ不在の国際環境は、居心地が良いに違いない。

アメリカが「世界に自由と民主主義のたいまつを掲げる国」(第28代ウィルソン大統領)と自負するなら、長々と大統領選を行っている間に、世界に暗闇が増し、自由と民主主義が後退することを自覚すべきだ。民主主義が揺らぐことで、被害を受けるのは途上国の底辺に住む人たちだろう。大統領選の間に世界の多くの人たちの人権確立の道が遠のくことも知って欲しい。アメリカは自国民の声を聞くだけでなく、世界の人々の声にも耳を傾けなくてはならない。民主主義の普遍化と人権擁護に大きな責務を持つ国家として、リーダー不在期間を短くするのはアメリカの責務でもある。