サウジとイランは扱いが難しい国際社会の新アクター

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.368 22 Feb 2016
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

サウジアラビアがアラビア半島の8割を占める国土に眠る膨大な天然資源に支えられたリッチな絶対君主制国家であることは、多くの日本人が知っている。イスラム教の聖地「メッカ」を抱え、世界のイスラム教徒の8割以上を占めるイスラム教スンニ派のリーダーであることも周知のことだ。だが、現在の国内事情や、外交政策まで詳しく知っている人となると急減する。大多数の日本人にとってサウジアラビア(サウジ)は、今もアラビアンナイトの語り部、シェヘラザードの薄絹の衣装の向こうに蜃気楼のように浮かぶ別世界なのだ。

そんな説話の世界にあったはずのサウジだが、昨年1月にサルマン皇太子が第7代国王に即位して以後、いささか怖い世俗的な顔を垣間見せるようになってきた。その理由は、現国王が前国王の用心深い穏健路線から、国際問題に積極的に関与する路線に舵を切ったことにある。

しばしばアラビアンナイトの説話を引き出して申し訳ないが、サウジがアラジンの魔法のランプをこすり、積極関与という魔神を呼び出した誘因は、近年顕著になった中東情勢の変化だ。なかでも昨年7月、スンニ派に次ぐイスラム教の大宗派シーア派のリーダーであるイランと、米欧など6か国が核開発枠組みで合意、欧米諸国の経済制裁が解除されるなどイランを取り巻く環境が変化したことが大きい

サウジはこれまで、最大のライバルであるイランの封じ込めを、アメリカに任せておけばよかった。しかし、核合意で米・イラン関係に雪解けの気配が出たことで、自らが中東戦略の最前線に立たなければならなくなったのだ。親米を国是としてきたサウジにとって、イランとアメリカの関係改善は、魔法使いに御殿と最愛の皇帝の娘を取られたアラジンの心境だろう。

サウジ外交を変化させたもう一つの理由は、イスラム国への対応の誤算だ。シリア紛争の初期、サウジは米欧、トルコなどと協調して民主化の名目で、シリアのスンニ派反政府武装集団を支援していればよかった。だが、昨年のパリ同時多発テロ事件以降、米欧が最優先課題をアサド政権打倒からテロとの戦いにシフト、アサド政権を支援するロシアとも連携を強めたことで、情勢は大きく変わった。ロシアはアサド政権支援という点でイランと協力しており、米欧露+イランという枠組みが出来上がった。サウジはシリア内のスンニ派イスラム過激派組織も支援しており、対テロ戦を優先するこの枠組みの中には入れない。孤立感に苛まれているのだ。

サウジとイランは、昨年初頭、イエメンでスンニ派のハディ大統領の転覆を狙うシーア派武装勢力「フーシ」の戦闘を巡ってギクシャクしたが、イランの再浮上によって対立はいっそう鮮明になった。サウジは、1月2日、国内のシーア派のイスラム法学者を処刑、これに抗議するイラン国民が暴徒となってテヘランのサウジ大使館を放火したことで、翌3日、サウジはイランとの国交を断絶、サウジに同調するバーレーン、スーダンなどもイランと国交を断絶して中東地域は2派に分断されている。

中東問題の専門家でない私にも、昨今のサウジの強硬な態度には、イランが国際社会に復帰することによって生まれる新たな中東秩序の中での地位の低下と疎外を怖れていることが読みとれる。原油価格の暴落や、アメリカが自国内のシェールガス・オイル増産によってエネルギーの中東依存度を下げ、かつてのようにサウジを甘やかせてくれなくなっていることも、サウジを焦らせているのだろう。

サウジの石油利権を持つ米欧は、これまでサウジに異常ともいえる好意的な対応を続けてきた。だが、サウジは、彼らが金科玉条とする民主主義が根付いている国ではない。王政に疑問を抱く市民に対する抑圧も厳しい。アルカイダ系や非アルカイダ系のイスラム過激派との関係も取りざたされる。サウジ=穏やかなイスラム国、イラン=テロを支援する危ういイスラム国、という先入観も、欧米系マスコミの偏見を通して形成されたものだ。

中国の台頭などで、現在の国際社会の変化は極めて早い。国際社会のヒラ場に登場してきた2つの中東大国は、世界秩序に変革を加えるアクターとなる可能性が十分にある。歴史は現状維持派と変革派の力が拮抗した時、摩擦が起きることを教えている。フランスのようにイランへの自国産品の売り込みに躍起になっている国もあるが、経済関係の強化や魅惑の資源に惑わされことなく、中東地域、そして世界の安定と平和のために、国際社会は利己を捨て広い視野を持って新情勢に対応したい。中東は、長い人類史と諸外国の利害が複雑に絡んだ地域だけに、世界は一致して対応策を講じるべきなのだ。

資源調達先の多様化がなかなか進まない日本は、今も原油輸入の約8割を中東に頼っている。中東地域の安定は日本にとって必須の課題だ。ロシアやトルコなどがイラン・サウジ間の摩擦解消の仲介役を申し出ているようだが、鍵を握るのはアメリカだ。日本はアメリカと協力しながら、緊張緩和に役立つ方策を即急に実施したい。

イランに対する日本のODAは、経済制裁の発効後、人道、開発に限定されていた。今後は2月5日に署名された日・イラン投資協定などを活用、民間企業と連携しながらイランの民生向上に役立つODAプロジェクトを拡大したい。一方、サウジにも超外交的見地から研修員や留学生を受け入れ、多角的に不安定要因を削減するお手伝いをしたい。

アラビアンナイトは、原典がどの地方で生まれ、どうやって語り継がれてきたかなど、今も分からない部分が多い。現在、「アラブの心臓」で起きている事象も、この説話集同様に組成が複雑で骨子が読みにくい。摩擦の結節を一つずつ解きほぐすことが、唯一、解決の方策だ。中東新情勢対応のキーワードは平衡と忍耐であり、魔神はいない。