リオ五輪・初の「難民選手団」派遣は快挙だ

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.374 17 May 2016
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

ブラジル・リオデジャネイロ五輪の開会式は8月5日だから、もう開会直前と言ってよい。オリンピック開催が近づくと日本の巷にも、そこかしこに五輪ムードが溢れてくるのが常だが、今回は町を歩いていても、五輪気分を盛り上げる事物にほとんど出会わない。

理由はいくつかある。ルセフ大統領の弾劾を巡って政治が揺れており、大統領不在の開会式も想定されるなど、政情混乱がその一つだ。また、なかなか終息しないジカ熱の流行、危惧される過激派テロへの頼りない対策、工期が大幅に遅れている競技施設や交通網に対する不安、五輪開催に反対する国民のデモなど、ブラジルから流れてくるネガティブなニュースも五輪気分に水を差している。

頼りない現地状況に加え、日本人には独自の理由もある。リオが地理的にあまりに遠いこともあるが、最大の理由は2020年に東京五輪が開催されることだ。日本人の気持ちは、すでに4年先の東京オリンピック・パラリンピックに飛んでおり、リオ五輪を通過大会と捉えている人も多い。気が入っていないせいか、米データ会社が日本は金メダル12個を獲得するという嬉しい予測を出しても、国民の心はあまり躍らない。

われわれには、いささか興奮度に欠けるリオ五輪だが、一つだけ目を見張る素晴らしい企画がある。それはリオで五輪史上初の「難民選手団」が編成されることだ。今年3月、国際オリンピック委員会(IOC)は、「IOCには厳しい状況下にある世界の難民に希望のメッセージを与える責任がある」として、「難民選手団(Refugee Olympic Athletes)」の五輪参加を発表した。難民の祖国のオリンピック委員会の推薦をもとに、力量が五輪出場レベルに達しながら政情不安などで国を離れているアスリート43人を候補選手として選出、現在、選考作業中だという。最終的に5人から10人に絞られる予定のメンバーは、6月に発表される。

IOCのホームページなどによると、「難民選手団」を担当するペレ・ミロ・IOCソリダリティ部長は、「候補は17歳から30歳の選手で、このうち23人は、国内紛争などによって故国を逃れた南スーダンやエチオピア、ウガンダ、コンゴ民などアフリカの選手。少数だがシリア、イラク、イランの選手も含まれている」と語っている。選手団派遣費用約200万ドルは、IOCが負担、8月5日にリオ・マラカナン競技場で行われる入場式には、全員IOCが用意したユニフォームを着用、五輪マークが付いた白い旗のもとホスト国ブラジルの直前205番目に行進する予定だ。選手は他国選手と同じ選手村に入村し、難民選手が優勝した場合は、母国の国歌に替わり、オリンピック賛歌が演奏されることになっている。

IOCは、すでにシリア難民の水泳選手、ユスラ・マルディニさん、イラン難民の女性テコンドー選手、ラヘル・アセマニさん、コンゴ民難民の柔道選手、ポポル・ミセンガさんら候補選手名を公表している。IOC資料によると、現在、マルディニさんはドイツで、アセマニさんはベルギーで、ミセンガさんはブラジルで、それぞれトレーニングに励んでいるという。

18歳のマルディニさんは内戦の激化で姉と共にシリアを逃れ、昨年8月、トルコ西岸のイズミルからゴムボートでギリシャ入国を目指した。だが、途中でボートが浸水、幸い姉妹は泳ぎが得意だったので、約3時間かけてレスボス島まで泳いで辿り着いた。今はベルリンでドイツ人コーチの指導を受けながら、得意の200メートル自由形の特訓中で、記録は飛躍的に伸びているという。マルディニさんについては、日本を含む世界のマスコミが大々的に報じており、早くも「難民選手団」のスター候補だ。

4月21日に古代オリンピアの遺跡で採火された聖火は、26日、アテネのエレオナス難民キャンプに到着、戦火で足を失ったシリア難民が聖火ランナーを務め、多くの難民たちの拍手を浴びながら、キャンプ内を走った。難民たちにとって、聖火を掲げて走る仲間の姿を見ることは、苦しいキャンプ生活で束の間の喜びの時間だっただろう。

私も仕事でアフリカやアジアの難民キャンプを取材した経験が何度もある。キャンプ運営団体スタッフの案内で、キャンプ内を歩くと、テントや掘立小屋から子どもが顔を出し、不思議そうに私を見ていた。目が合った子どもの目はみな虚ろだった。直前に遭遇したであろう恐ろしい体験、将来の姿がまったく見えない不安、キャンプを出たら命の保障さえない状況下で子どもの目から輝きが消えるのは、当然のことだったろう。

世界に1510万人(2015年、UNHCR調べ)いるとされる難民の代表選手団が、最大で10人というのは、少なすぎる気もする。だが、同じように過酷な経験した人たちの中から、世界の祭典の舞台に立てる人が出るという事実は、多くの難民、特に子どもたちに希望を与えるに違いない。

60年以上も前に難民条約が採択されたように、難民は近年発生した国際問題ではない。今回のIOCの決定は英断と言えるが、なぜ、もっと早く「難民選手団」が結成されなかったのか、という疑問も残る。昨年から大量のシリアやアフガニスタン難民が欧州に押し寄せたことで、欧米主導のIOCがやっと難民問題に本腰を入れたという気もする。そう思うと多少の不満もあるが、せっかく「難民選手団」が派遣されるのだから、ここは文句を言わず笑顔で選手たちをリオに送り出したい。全難民選手の健闘を祈る