危ういドゥテルテ大統領の両天秤外交

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.383 27 September 2016
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

6月30日にフィリピン大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、「フィリピンのトランプ」とか、クリント・イーストウッド演じる独立不羈(ふき)の刑事の映画「ダーティー・ハリー」をもじった「ドゥテルテ・ハリー」など、いくつかの異名を持つ。

実際、ドゥテルテ大統領の過去の仕事ぶりは、勇ましい異名に違わない。1988年から通算20年余(一時期下院議員に転出)にわたったミンダナオのダバオ特別市長時代、国内最悪と言われた治安を強硬手段で改善、今では「フィリピンで最も住みやすい」といわれるほどの都市にしている。こうした実績が国民に評価され、5月に行われた大統領選では、クリーンなイメージの女性候補、大統領を祖父に持つエリート候補らに圧勝した。

一方、トランプぶりも負けておらず、「犯罪者は皆殺しにする」、「アメリカは大嫌い」、「(中国が造成中の人工島に)水上バイクで乗り込んで、国旗を立てる」など気ままな発言を繰り返している。暴言癖は、就任後いっそう募っているようで、国内の記者会見などでは、常軌を逸する発言も目立つ。9月5日には地元ダバオで、ド大統領の強権的な麻薬取り締まり対策を懸念したオバマ米大統領に対し、「彼は何様だ」とかみつき、あげくオバマ大統領の母親を愚弄する言葉まで吐いた。返す刀で同じ批判をした潘基文国連事務総長を「バカ者」とも罵っている。あまりの放言にさすがのアメリカ政府も堪忍袋の緒が切れたのか、「東アジア首脳会議」(EAS)に合わせ、9月6日にラオスで開催予定だった米比首脳会談を中止、暴言は外交問題にまで発展している。

ここまでのド大統領の言動を見ていて誰の目にも分かるのは、米中両大国の間をうまく泳いで、フィリピンに有利な国際環境を組成しようとしていることだ。まずは、旧宗主国アメリカと距離を置くことに力を入れており、9月12日にはミンダナオ島でイスラム過激派掃討作戦に当たっている米軍に「出て行け」と撤退を要求、翌13日には4月に合意した南シナ海での米比軍による共同哨戒活動に不参加を表明した。

一方で対立していた中国には融和的だ。大統領選中、南シナ海のスカボロー礁周辺資源の共同開発について言及するなど、関係修復に前向きの姿勢を見せている。南シナ海問題で仲裁裁判所に提訴、勝訴した当事国でありながら、こうした変節を見せる誘因は二つある。一つは名門出身で親米的なアキノ前大統領が敷いた路線への反発。もう一つは、中国との武力衝突を回避するだけでなく、一歩進んだ協調体制を構築して経済援助などの実利を得ることだ。

とはいえ、アメリカは長年の同盟国であり、自国の安全保障と経済活動に支援が欠かせない国であることも認識しているようで、決定的な離反は避けたい意向も浮かぶ。アメリカに中国寄りという印象を持たれるのを恐れたのか、9月7日には、比国防省が撮影したスカボロー礁周辺に展開する10隻の中国海警局公船の写真を公開、中国へのけん制も忘れていない。

ド大統領は、マニラのリッチなエリート層に反感を持つ低所得者層が支持基盤だ。大衆受けを狙ってタガログ語を多用、権威に盾突くヒーローを演じており、自身が公言する「私の主人(フィリピン人)」の利益追求を最優先政策としている。だが、米中のはざまで国家の安全、利益線をどうやって守るのか、根付いた民主主義をどうやって保持してゆくのか、国内のイスラム過激派にどう対処するのか—など、喫緊の重要政策についての具体策は見えてこない。

大国に挟まれた国の指導者が誘惑される外交政策は、2つの大国と付かず離れずの距離を保ちながら自国の利益を確保する自立外交だ。自立外交という名前の聞こえは良いが、現実は二股外交、両天秤外交であり、アブハチ取らずになる危険も高い綱渡りの外交政策だ。歴史を振り返っても、小国の二股外交が長期的に成功した事例はほとんどない。

国境を接するロシアとスウェーデンの圧力を受けながら、豊かな平和国家を作り上げたフィンランドは、小国外交の成功例のように言われる。だが、フィンランドがこうした国家環境を得るまでには、数世紀にわたって何度も両国に侵略された苦い歴史がある。現在の国家環境は、苦難の歴史から絞り出された知恵の成果なのだ。つまり、大国間を生き抜く自立外交は、好き嫌いや思い付きだけでは、立ち行かない。身を切る覚悟がないと大国に翻弄されるだけになる。最近の例でも、米中間で経済と安全保障のバランスを取ろうとした韓国の朴大統領の外交政策が、米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)配備問題で、崩れようとしている。

ド大統領の外交経験が乏しいことは、就任当初から危惧されてきた。2つの大国を手玉に取る外交手腕は、おそらくないだろう。綱渡り外交を誤ると、国家の利益が失われ、国民の生活基盤は根底から破壊される。今こそ、フィリピンに強面大統領に諫言する勇気あるスタッフの出現が待ち望まれるのだ。

ド大統領は嫌米家ではあるが、さいわい親日家のようだ。長年継続されている従来型の対比ODAだけでなく、海上自衛隊の練習機「TC90」の貸与、巡視船の供与などフィリピンとの協力体制を拡幅している日本が、対米関係修復に一役買うことを薦めたい。これは出しゃばりではない。太平洋・インド洋地域の民主主国家ネットワークを形成する日米豪印比の網に、穴を空けてはならないからだ。