有意義に活用されていたフィリピン沿岸警備隊に供与の巡視船

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.394 22 March 2017
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

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PCGの巡視船「MALABRIGO」

1月26日、マニラ市西部のポートエリアにあるフィリピン沿岸警備隊(PCG)本部に行くと、両舷に「4402」と船番号が書かれたピカピカの船が桟橋に横づけになっていた。

PCGの巡視船「MALABRIGO」だ。同船は2013年7月、アジア歴訪中の安倍首相が当時のアキノ比大統領に供与を約束した44メートル級新造巡視船10隻の2番船。日本からマニラ港に回航されてきたばかりで、船名はフィリピンの灯台名が付けられている。3月2日には3番船が到着、7日には就役式典が開催され、以後、2018年8月までにすべての巡視船が到着、運用が開始される予定という。

今回、わざわざフィリピンに出向いて巡視船を視察したのは、供与された巡視船がどのような規範で運用されるのか、直接見てみたかったからだ。

フィリピンには前述の10隻に加え、2016年9月にラオスでドゥテルテ大統領と会談した安倍総理が、90メートル級の新造大型巡視船2隻の追加供与を表明している。一方、マレーシアに対しても、2016年11月、日本訪問中のナジブ首相の要望に応えて90メートル級中古巡視船2隻の供与を表明、ベトナムには当初、漁業監視などに使用されていた中古船舶の供与が検討されていたが、2017年1月、ハノイでの安倍・フック日越両首相の会談で、新造の巡視船6隻の供与が改めて合意されている。

いずれも政府開発援助(ODA)が活用されるが、これらの国々は南シナ海の島嶼の領有権をめぐり中国と論争を抱えており、巡視船は場合によっては中国海警局船艇と対峙する事態も予期されるだけに、人づくりを主眼とする日本のODAには馴染まないのではないか、など疑問視する人もいる。実は私もその一人だった。日本が関係国に巡視船を供与することで、南シナ海での中国の強引な現状変更の動きを牽制することに異論はない。だが、ODAという枠内で協力するのはどうか、という難問に頭を悩ませていたのだ。

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違法漁業外国漁船取締訓練を視察中の著者

同日、JICAフィリピン事務所と、技術指導にあたっている日本の海上保安庁の専門家のお世話で、PCGの違法漁業外国漁船取締訓練を視察した。訓練を指揮したトーレ法執行司令部司令代行は、「日本の海保からは多くのことを教えて貰っている。最近、フィリピン南部海域で海賊が出没しているので、日本からの巡視船供与は、海賊・テロ対策に大いに役立つ」と日本の協力に謝辞を述べ、「フィリピンのEEZ内ではベトナム、台湾、マレーシアなどの違法漁船が多く、しばしば中国船も見かける。われわれはフィリピンの規則に沿って取締まっており、中国船を特別扱いすることはない」と、PCGの活動原則を語っていた。

一方、「MALABRIGO」のトゥビリア船長も「沿岸警備は人命にかかわる社会的責任が大きな仕事。PCGに対する日本の長い協力には深く感謝している。昨年9月末、スカボロー礁周辺で、大きな中国海警局艦船がフィリピンの小型漁船に異常接近するのを防ぐため、われわれの巡視船が間に入って6時間ほど並走して漁船を守った。その時のわれわれの巡視船は古い小型船だったが、日本から新造の巡視船が供与されたことで、今後はこうしたフィリピン漁師の保護活動をスムーズに実行できることを期待している」と話していた。

また、「ドゥテルテ大統領が訪中(2016年10月末)した際、習主席がスカボロー礁周辺海域から中国漁船の立退きを約束してからは、中国側の挑発行為はなくなっている。われわれも国際法に則って平和的に対応してゆきたい」という。スカボロー礁海周辺域は、小康状態が保たれているようだ。

南シナ海で中比間の摩擦が目立つようになってから、PCGには日本以外の諸外国からの支援が活発化している。米国は技術協力に加え、中国海警局と親しい関係にあるという米沿岸警備隊(USCG)艦船をこの海域に投入する案もあるという。(トゥビリア船長の話)。こうした支援の背景には、南シナ海の航行の自由の確保があることは明らかだ。

海上保安業務の優先課題は、海の安全、安心の担保であり、領海、領土の保全を担う海軍とは異なる。供与された巡視船が海保の本務に優先して活用されるのは当然で、現在のフィリピンでの運用方針に異論はない。比政府も供与巡視船を中国の動きを直接抑止するツールとは考えていないようだった。

中国の南シナ海島嶼の軍事拠点化は、今も止まっていない。船舶の90%が南シナ海を通過する日本にとって、この海域の安全航行は国家の主権線に繋がる利益線の確保であり、中国の事実上の支配は看過できない。供与した巡視船が人命救助、麻薬密輸摘発、イスラム過激派の侵入防止、海洋環境保護などで成果を挙げながら、国際法に則った公海の航行を保障する波及効果を産むのなら、巡視船供与は日本と相手国双方の利益に資する素晴らしいODAだ。

付け加えると、昨年8月に供与された1番船「TUBBATAHA」(これも灯台名)は、12月19日、大波に襲われて転覆、漂流していたフィリピンの漁船員14人をミンドロ島周辺で救助する初手柄を立てている。

視察した限り、比政府は正しい方向で供与巡視船を運用している。私の心の底に残っていたわだかまりも、現場を見て解消した。