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水道管×AI。世界の水問題をクレイジーに解決する

AIと機械学習技術を活用した水道管の劣化診断サービスを展開するFracta。Chairman加藤崇氏はシリアルアントレプレナーで、2015年にシリコンバレーにて同社を創業。『クレイジーで行こう! グーグルとスタンフォードが認めた男、『水道管』に挑む』という著書もある。2018年には株式の過半数を総合水処理大手の栗田工業に売却した。2021年からJICAと協業し、タイの水道管路のメンテナンス予測・予防の実証実験を開始。異国でスタートアップを精力的にドライブさせる加藤氏に、タイでの経験とその情熱の源を聞く。

概要

タイ 水道管劣化予測 ハードインフラ ビッグデータ

プロジェクト

タイにおけるインフラ維持管理のデジタルサービス実証

企業

Fracta

プロフィール

2015年6月設立。本社は米国カリフォルニア州シリコンバレーに置く。AI、機械学習に基づく水道管などのインフラ劣化予測のソフトウェアサービスが主幹事業。配管データと配管の素材や使用年数、土壌、気候などのデータを組み合わせ、水道管の劣化状況や交換が必要な個所を予測する。米国を中心にこれまで日米欧の110事業体において展開(2022年7月末時点)。2018年には水処理の世界大手である日本の栗田工業と40億円規模の資本業務提携。

目次

開発途上国でもAIはワークするか? “課題の宝庫”での実験がはじまった。

第1章 課題

日本とタイの国際協力の歴史は長く、JICAは40年を超える現地での活動実績がある。その甲斐もあり、タイは1980年代後半から急速に経済成長を遂げた。2012年には中進国入り。貧困率も大きく改善され、首都バンコクの高層ビル群はその発展を鮮やかに象徴している。
しかし、国が発展し都市が成熟していく過程で生まれてきた課題もある。その一つが上水道の高い「無収水率」(水道事業体が製造した浄水のうち料金請求に至らなかった水の割合)だ。バンコクの水道はJICAの支援もあって発展・整備されてきたが、そのマネジメントが大きな問題になっている。水道管の老朽化とそれによる水漏れが無収水の増大につながっているのだ。特に首都では問題が深刻で、無収水率(2020年度)は約31%と記録されている。日本の無収水率は全国平均で約10%と聞くと、問題の大きさがわかるだろう。JICAは世界の水道事業体に対して長く支援を行ってきたが、そこにデジタル技術を掛け合わせて、無収水率問題解決の糸口を作れないか模索していた。そんな折にパートナーとして現れたのが、加藤氏率いるFractaだった。

Chairman加藤氏

「タイの水道は課題の宝庫でした。だからこそ、いい勉強になると思いました」

情熱に溢れた眼差しで、加藤氏は語る。Fractaはアメリカを皮切りに日本や欧州など、社会が成熟する一方で水道インフラの劣化を迎える先進国からサービスを広げているが、勝手が違うタイの第一印象は強烈だったようだ。

「たとえば、日本では水道管管理で何か事故や問題が起きても、修理や刷新など何かしら代替策が打てます。しかし、タイではそれができるとは限らないうえに、(社会インフラが先進国ほど整っていないため)ネガティブな事象ひとつひとつのインパクトがとても大きい。しかも多くの場合、社会的弱者にしわ寄せが行ってしまうのです。頭では理解していたつもりでしたが、実際に前線に立ってみると水問題の深刻さを痛感しました」

先進国とは異なる厳しい環境において、AIによる管路診断が有効なのか。それを知るための実証実験が始まった。

AIを支えるのはデータ。データを支えるのは人。

第2章 JICAとの協働

Fractaは水道事業体から提供された水道管データと環境データを組み合わせ、それを基にAIが漏水確率を計算し、マッピングして可視化した。初めての取り組みに当初はやや戸惑い気味だったタイ当局も、土壌・気候・人口など環境データを組み合わせ、AIを活用し診断を行うことの意義やメリット等を丁寧に説明したことで理解が進み、以降は前向きに協力してくれた。
提供されたデータには欠損しているところもあったが、Fractaの診断技術は見事にワークした。タイは平地が多いため、洪水が起こると水が長く滞留し、結果として水道管の劣化を引き起こすことがデータからも浮かび上がってきたのだ。

「AIによる管路診断はデータがどこまで揃っているかが成功のカギになりますが、たとえば先進国では過去100年分のデータがあるが、途上国では20~30年分しかないというようなことはよくあります。タイでもデータ取得の制約が大きいなかで信頼を勝ち得る結果が出せたのは良かったですし、我々の技術をどこまで展開できるのかを試す良いケーススタディになりました」

Fractaの技術を導入するにはまず水道管路の属性データが必要であるが、安全上の理由などから極めて機密性の高い情報であるため、一民間企業、ましてや外国の企業へのデータ提供には非常に高いハードルがある。それを乗り越えられたのは、JICAがタイで紡いできた信頼関係があってこそだった。技術の前に当該国、当事者との信頼関係が何より重要だと加藤氏は力説する。

「水道インフラは国の根幹ですから何よりまず、信頼関係です。その上に基礎技術があって、データサイエンスがあります」

どんな素晴らしい技術も聞き入れてもらえなければ意味がない。

「僕たちの技術が当該国でいきなりワークするわけじゃない。国が多大な時間とコストと労力をかけて蓄積してきた独自のデータを分析するのですが、データがどういう風に取得・収集されてきたものかも細かくすり合わせる必要があります。そのデータは人が収集しています。その人たちとの信頼関係も課題解決の重要な要素です」

タイ当局との強いパイプを有するJICAが座組みを作り、現地事務所と協力して間を取り持ち、そのうえでFractaが存分に力を発揮した。

「私たち一社だけでやり切れるとは全然考えていないし、言語、文化、社会的背景が異なる異国間であっても、こうした共創関係を築くことこそが適切なパートナーシップだと思います」

世界の水問題は、他人事じゃない。クレイジーにチャレンジし続ける。

第3章 成果

JICAにとって今回のプロジェクトは、あくまでまだ実証段階ではあるものの「AIが途上国の環境下においても使い得る」という貴重な示唆となった。一方で、Fractaにとっても新たなチャレンジの第一歩となったと加藤氏は振り返る。

「世界中で水問題の解決を図ろうとしている中では、やはり主戦場は先進国ではないかもしれません。だから、私たちも『より過酷な場所で問題解決するには?』という課題意識を持っていましたが、このような機会をうまく使えば、自らを一歩広げられるのではと思いました」

世界中の課題を知るJICAとFractaのような世界市場を目指すスタートアップは、お互い“ベストパートナー”となり得るポテンシャルがあると、加藤氏は付け加える。

「かつては、官と民は二項対立のように語られることが多かったですが、昨今はそういった対立構造が消えて、より大きな課題解決に向けて目線が揃い始めている気がします。途上国でもインフラ劣化が問題になっているという実態を、私たちはJICAに教えてもらったわけですから」

今回のプロジェクトの舞台はタイ1か国だったが、加藤氏が見据えるのはあくまで世界であり、グローバルな社会課題の解決だ。SDGsに話題が及ぶと、加藤氏の言葉に一層熱がこもった。

「日本では蛇口をひねれば水が出てきますが、世界にはそうでない国や地域が多くある。日本がいつそうなっていてもおかしくないわけで、他国だろうと僕には他人事には思えない。水問題は世界全体の課題なのですから」

「水道は最も公益性が高いインフラのひとつ。インフラの未整備は貧困に繋がり、子どもたちの未来を摘んでしまう可能性すらある。僕たちの取り組みは数多の問題解決のワンピースに過ぎないでしょうけど、広く社会の役に立つと信じて、クレイジーにチャレンジしつづけるばかりです」

あらゆるDX推進やイノベーション活動には、異質な文化同士の化学反応が不可欠だ。今後もJICAが積み上げてきたものに、最先端のデジタル技術を持つ人々がぶつかり、世界中で奮闘しながら、Fractaのように新たなソリューションを創り出していくだろう。その先にある未来に期待したい。

水道管や環境のデータを取り込み、地図上でリスクを可視化。水道管の破損確率を把握し分析する。

プロジェクトメンバーの声

JICA DX室 浅沼琢朗

水道管の老朽化リスクをAIで予測するというイノベーティブな発想と、それを実装し既に先進国で評価されつつあるFracta社の高い技術力は、長年途上国の水事業に携わってきたJICAにおいても非常に高い注目を集めています。
水インフラは世界中の人々の生活の不可欠な基盤である一方、地下にある水道管の老朽化およびメンテナンス費用の増大は、途上国を含む世界中で課題となっています。タイのパイロット事業においては、Fracta社のAI管路診断のソリューションが、データの豊富でない途上国においても有効であるのか?という問いを立て検証活動を実施しました。検討の過程の中では、データ提供を介在する存在としてJICAが培った信頼の強さも改めて認識しつつ、結果として有意な効果が示されました。今後、世界中の水インフラ事業に幅広く適用され、人々に安全・安心な水が届けられることを期待しています。