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JP-MIRAIアシスト(JP-MIRAI外国人相談・救済パイロット事業)事業報告について

2024.08.06

 JICAは、2022年5月から2024年4月末まで、「相談・救済パイロット事業」を実施しました。本事業は、外国人の方々に広く利用頂ける多言語の相談窓口を運営することを主軸とした事業で、この活動を通じた、①国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、UNGP)に基づく人権デュー・デリジェンスの仕組み確立への貢献や相談・救済メカニズムのモデルケース形成と②送出国である開発途上国における課題の抽出の二点を主な目的としました。

【事業の形態と特徴】
 本事業は、「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム(JP-MIRAI)」との連携のもと、窓口運営を特定非営利活動法人国際活動市民中心(CINGA)に委託するかたちで進めました。窓口としては、電話での相談対応を中心に、
① 窓口スタッフが相談者の方に寄り添い、課題や問題の解決に向けた調整を実際に実施した「伴走支援」
② 解決が困難で複合的な問題が絡む相談に対応するため、弁護士や医師などの専門家の支援を受けた「専門相談」
③ 専門的見地を備えた仲介者を交えた当事者間の対話の場を設定して、双方の合意を目指した「裁判外紛争解決手続(ADR: Alternative Dispute Resolution)」への案内といった方策により、体系的かつ効果的な支援を提供しました。これらは、外国人相談者が効果的な「救済(remedy)」に至るための、UNGPが定める「救済へのアクセス(Access to Remedy)」を確保するための方策となりました。

 「伴走支援」は、相談者が公共サービスを利用するために自ら手続したり関係者と対話したりするのが難しい場合に、窓口スタッフ(伴走支援員)が、手続きなどの支援(問い合わせ・調整等)や相談者への同行や同席を行いました。その相手先は、病院、役所、学校、警察、専門機関(労働基準監督署等)でした。
 専門家からの助言を求める「専門相談」は、広範なテーマについて、相談者が直接専門家と相談する機会を調整して提供したり、窓口が専門家と相談者の間に入り、論点を整理して相談者に伝えたりしました。
 特に本窓口の特徴的な対応として、「裁判外紛争解決手続(ADR)」の機会の提供を行いました。東京弁護士会と詳細な協議を行い、同弁護士会が設置する「紛争解決センター」内の外国人労働者向けADRの利用を案内し、手続及び費用面での支援を行うための枠組みを整備・運用しました。
 本窓口には経験豊かな相談員が相談対応を行いましたが、関係機関との  ネットワークは、相談者の問題を解決するうえで最もふさわしい団体や機関に相談者を繋げるうえで重要となりました。対応する問題について直接管轄する専門機関は勿論のこと、例えば、相談者に寄り添い、長期間にわたる支援が必要な場合には、相談者と地理的にも心理的にも近い市民団体との協力が不可欠でした。様々な可能性がある中での一例ですが、各領域において、以下のような関係機関と連携しました。相談内容に応じて、時には複数の機関と並行して調整をしながら相談対応を行うことも多々ありました。

領域         関係機関の例(順不同)                              
労働 労働局・労働基準監督署、公共職業安定所(ハローワーク)、外国人在留支援センター(FRESC)、外国人技能実習機構、国際交流協会、労働組合、市民団体、法テラス等
生活 市役所、福祉事務所、社会福祉協議会、フードバンク、国際交流協会、市民団体、警察、女性相談センター、配偶者暴力相談支援センター、児童相談所、法テラス、民間シェルター等
医療福祉 病院・診療所、市役所、国際交流協会、市民団体等
在留資格 FRESC(入管相談窓口)、地方出入国在留管理局、外国人技能実習機構、外国人総合相談支援センター、法テラス、国際交流協会、市民団体等
税・社会保険 税務署、年金事務所、労働局・労働基準監督署、ハローワーク、全国健康保険協会(協会けんぽ)、市役所等
教育 学校、教育委員会、市町村就学相談窓口、国際交流協会、市民団体、児童館、学習塾、地方出入国在留管理局等

 関係機関とのネットワークを重視する本事業の一環として、地域における支援ネットワークとの関係強化と情報及び方向性の共有のために研修会を実施しました。沖縄県、長崎県、徳島県、北海道及び石川県において開催し、それぞれの地域の特性や傾向に合わせたテーマで講演やワークショップを行い、地域内での支援者・支援団体間でのネットワーク形成や課題に関する基本的知識や共通認識の醸成を試みました。また、こうしたネットワークを形成した方々も含め、関係者に外国人支援の最新の動向や先導的役割を果たしている団体や個人の方を取材した様子をまとめたメールマガジンを発行しました。

 さらに、外国人を支援するネットワークの拡張のためのもう一つの試みとして、今後、様々な分野・形態で、外国人支援に携わろうと考える方々に対して、具体的なキャリアイメージを考えるきっかけにして頂くために、「外国人とともにつくる未来―外国人支援の支え手インタビュー」という記事を作成しました。外国人支援の必要性の高まりと比較して、外国人支援という目的に向けて、どういった能力が必要か、どのようなキャリアを描くのか、などといった情報が多くない現状を踏まえ、各専門領域で外国人支援に携わる方々に、その信念や価値基準、スキルや経験を中心にお伺いし、JP-MIRAIホームページ上に公開しました。

【相談窓口の実績】
 2022年5月に相談窓口を開設してから2024年4月末日までの間に、JP-MIRAIの相談窓口は、500人から3,203件(※1回の相談の中で内容が複数の分野にわたる場合に、それぞれを1件として集計したもの)の相談に対応しました。相談数の推移としては、窓口開設当初は少数であったものの、全国の公共機関や国際交流協会等に印刷物による案内を配布して周知したり、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)においてベトナム語、ミャンマー語及びネパール語による双方向的なコミュニケーションを用いて情報提供を行ったりしたことにより、相談数が増加しました。

相談の件数を、分野別に分けると、以下の表となります。

労働 生活 医療福祉 在留資格 税・社会保険      教育
1,174件 994件 383件 354件 195件 103件

 「労働」分野は、主に労働環境や雇用条件等についての相談内容で、特にハラスメントに関する相談と賃金に関する相談が多く寄せられました。前者では、特にマタニティハラスメントの相談が多くなりました。後者の賃金に関する相談については、賃金不払い等のトラブルのほか、賃金の支払われ方が分からないといった相談もありました。「生活」分野では、日常生活に関わる相談を集計した結果、複雑な調整を要した家庭内暴力(DV)に関連する相談の影響で対応件数が多くなりました。「医療福祉」に関しては、母語で受診できる病院や診療所を知りたいという医療アクセスに関する相談が割合として最も多くなりました。「在留資格」に関しては在留資格の変更や更新についての相談が約半数となりました。「教育」に関しては、就学・進学・休学や日本語教育に関する相談が多く寄せられました。特に相談が多く寄せられた労働相談及び生活相談について、代表的な内容をまとめて以下ご報告いたします。

「マタニティハラスメントに関する相談」
 外国人労働者が妊娠し、雇用主にそのことを告げた途端に帰国を強要されるケースが多くありました。同僚がそのような扱いを受けているのを目の当たりにして、自身の妊娠を報告できないといったケースもありました。
 このような事案において、本人から日本で出産する意思・希望を確認し、それに沿う支援を行いました。日本で働く外国人労働者には、妊娠や出産、子育てをする上での支援がありますが、その内容を外国人労働者が把握することは困難です。同時に、妊娠期、出産期、育児期と長い期間の中でその時々に必要な支援をする寄り添い形の支援が求められることから、状況に応じて地域の支援団体につなぎ、継続的に支援が提供されるよう努めました。

「賃金に関する相談」
 外国人労働者が労働契約を結ぶ際に労働条件が明示されず、結果的に賃金不払いが生じることがありました。加えて、退職時に未払いの賃金が支払われないケースや、退職を告げると、雇用主から急に過去に免除すると言われていた入社時の寮への入居初期費用や在留手続費用の返済を要求されるケースもありました。
 賃金に関する問題は、外国人労働者自身が労働契約の内容を十分に理解せず 生じたものもあれば、雇用主側の労働関係法令違反の関係で行政機関への相談を要したものもあり、関係する書面等を直接確認し、状況をよく把握し対応しました。窓口から丁寧に状況を説明することで相談者が納得して対応が終了することもあった一方、雇用主が行政機関による指導にも応じなかったため、相談者本人の意向に応じて、ADRの利用案内や訴訟(少額訴訟等)を提起するために必要な情報提供の支援を行ったこともありました。

「労働災害に関する相談」
 普段とは異なる仕事を手伝った際に労災事故に遭った、雇用主側の手続不備により休業補償給付が途絶えて生活が苦しくなった、など、雇用主が安全衛生教育や労災保険給付等の責任を十分果たさなかったことに起因する相談がありました。
 外国人労働者の中には、後遺障害が残るような傷害を受けながら、労災補償を求めると解雇されるのではないかと心配をして、労災による治療や休業補償を請求できないでいる方もいました。その原因は日本の労災制度についての知識がなかったこともあったことから、本窓口では、労災についての説明や相談者が取ることができる選択肢に関する情報の提供に努めました。

「家庭内暴力(DV)に関する相談」
 外国人がDV被害者の場合、帰国を強要されたり、在留資格の更新に協力しないと言われ、DV加害者に更に追い詰められたりすることがありました。特に日本人の配偶者として在留している場合、在留資格を維持するために離婚が選択できない場合もあります。配偶者暴力支援センター、女性相談センター、市役所、警察署などに相談するとともに、子どもがいる場合は児童相談所にも相談し、これらの機関の間の調整を相談窓口や支援団体等が調整することもありました。
 本窓口では、第一に相談者の心身の安全の確保を優先しました。差し迫った危険がある場合はもちろんですが、そうでない場合でも、配偶者暴力支援センターや警察などの公共のDV相談センターに相談することを勧めました。同時に在留資格が問題になることが多く、弁護士・行政書士等の専門家の助言を受けつつ相談を進める必要がありました。

【本事業の成果と今後の展開】
 本事業の実施を通じて、多岐にわたる外国人からの相談内容に対応するための体制構築を行いました。特に、相談員とコーディネーターの役割分担を明確化し、伴走支援はコーディネーターが実施することで効果的な対応が可能となりました。さらに、相談日時や対応言語も増やし、通訳を含めた形で、三者で相談対応を行う体制としました。
この結果、相談内容を分析し、相談受付体制を変更するなど柔軟に対応することが可能となったほか、相談内容が多岐にわたった場合は、相談内容を把握しできる限り一義的に相談に対応し、内容に応じ専門機関や関係機関へつなぐこととし、相談内容や事由により伴走支援も積極的に実施することができました。
 また、ADRによる解決の仕組みを構築しました。最終的に実際の適用には至りませんでしたが、裁判によらない問題の解決の仕組みづくりができたことは、今後の相談・救済の仕組みの発展に向けた大きなステップであると捉えています。
 相談対応に加えて、研修会を全国各地で実施しました。専門家による講演や実際各地で相談業務にあたっている方から情報の共有や参加者間の意見交換がなされ、各地で相談業務を行う国際交流協会をはじめとする関係者間のネットワークの形成に貢献できました。

 相談窓口での具体的取組みでは、問題が複雑化する前の状況確認の段階から、経験豊かな相談員が、相談者を取り巻く環境を確認し、懸念があれば早期にそのことを示して今後の対応を相談者と検討することが可能です。雇用主は、初期の段階で外国人労働者の抱える困難さを知ることができれば、適切な対応を行い、更にはその経験を今後の人権デュー・デリジェンスに活かして将来的な問題予防にも繋げることができます。

 実際の相談対応では、こうした早期の段階で本窓口を利用頂いた方も多くおられた一方、問題が深刻化したり、時にはご本人が「失踪」して八方塞がりとなってから相談されたりするケースもありました。その段階に至ると、取り得る選択肢は限られ、雇用主との対話のチャンネルや機会も制限されることとなり、上記のような予防的な効果を得ることが難しくなります。本窓口は、相談対応の実績を積み、「救済へのアクセス」の実現に一定の貢献を行うことができましたが、今後、JP-MIRAIが本窓口を継続するとともに、民間企業による人権デュー・デリジェンスの取組みを支援していく中で、外国人労働者が困難に瀕しないような日本国内の受入環境の整備が更に発展を遂げていくことが期待されます。

 JICAにとっての本事業の実施目的の一つは、国内の外国人労働者の人権問題の背景にある移住労働者特有の脆弱性を分析し、将来の送出国に対する開発協力に生かすことでした。事業の結果、移住労働者自身の能力強化により、日本国内での人権侵害に対するレジリエンスを高めることが、「救済へのアクセス」を確保することに繋がるとの示唆を得ました。例えば、日本語能力が不十分な場合、行政や専門機関、支援者とのコミュニケーションにおいて、状況を正確に説明できない、又は提示された方策を理解しづらいといった困難が生じることが見受けられました。また、出自によっては自身の権利についての理解が乏しく、権利が侵害されていてもすぐに認識できない・反応できないといった様子が見受けられました。加えて、送出時に送出機関から誤って偏った情報を提供されていたり、過度な負債や契約上の不利な義務を負わされていたりするなど、送出時の問題が外国人労働者を不利な立場に追いやり、本人が救済自体を求める意欲を削いだり、国内での「救済へのアクセス」を阻害していたりする事例がありました。JICAは、今後、送出国政府や国内外の様々なステークホルダーと連携しながら、こうした課題の解決に注力していく予定です(※)。
                                 以上

※JICAは、ILOを調査委託先として、「東南アジア・日本間の移住労働における救済へのアクセス向上のための共同行動計画策定に係る情報収集・確認調査」を実施しています。本調査事業では、人権侵害の予防と実効的な救済のために①労働者のエンパワメント、②公正で倫理的なリクルートメントの枠組みの整備・強化、③国家基盤型及び非国家基盤型救済メカニズムの実効性向上の観点を中心とした幅広いステークホルダーによる共同行動計画案を策定することを目指しています。

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