原石を宝石に−世界に通用するIT人材を育成−

2013年10月24日

ITEEマネジメント能力向上プロジェクト

きっかけは青年海外協力隊員

バングラデシュの人口は1億5,000万人以上。しかも毎年1%強ずつ増え続けている。2011年の統計に基づくと、世界194カ国中8番目に人口が多い国となっている。

「この国のいちばんの宝は人材です」。JICAの「ITEEマネジメント能力向上プロジェクト」チーフアドバイザーの保谷秀雄さんは言う。

保谷チーフアドバイザーによると、このプロジェクトの目的はソフトウエアや、ITを活用したサービス(ITES)産業の分野で世界に通用する人材をバングラデシュで輩出すること。いわば、原石を宝石にするためのプロジェクトだ。具体的には、日本で誕生した「情報処理技術者資格試験(ITEE)」をバングラデシュに導入し、ITスキルの国家認定制度とすることに取り組む。10月27日には、ダッカでITEEが初めて模擬試験として実施される。

ITEEは日本で開発され、1970年からは国家試験として導入された。2010年までに日本国内で約1,600万人が受験、このうち190万人が合格している。ITEEはアジア各地にも広がっており、フィリピン、タイ、ベトナムなど6カ国では年に2回、同じ日に同じ内容の試験が実施されている。また日本は、これに独自の試験を実施するインド、シンガポール、韓国、中国、台湾を含めた11カ国・地域との間で、資格の相互認証をしている。

このプロジェクトがバングラデシュで始まったきっかけは、2010年までコンピューター技術を教える青年海外協力隊員(JOCV)だった庄子明大さんだ。庄子さんは現在、同プロジェクトの専門家として保谷さんとともに活動している。「人材育成といっても、共通の指標を定めて取り組む必要があると考えました」。庄子さんとこの活動に賛同したJOCVはITEEの導入を具体的な目標としてグループ活動を始め、2010年にはダッカで269人への模擬試験コンテストを実施。受験者の合格率は、他の試験実施国に引けをとらないほどだったといい、優秀な人材がバングラデシュにも多くいることが改めて分かった。

庄子さんを始めとしたJOCVは、ITEEの導入に向けて動き始めた。成功に結び付けるためのカギは、バラバラなことを考えていた「産官学の連携」だと思った。情報通信技術省と同時に、試験実施に協力したダッカ大学やバングラデシュ工科大学への働きかけ、さらには産業界へのアプローチとしてバングラデシュ・ソフトウエア情報サービス協会(BASIS)にも協力を持ちかけた。関係者の勉強会を開きながら下地作りを進め、ITEE導入はJICAの技術協力プロジェクトとして2012年に始動。庄子さんたちJOCVのアドボカシーが結実した。そして、「試験の導入がゴールではない」と言う庄子さんの願いどおり、プロジェクトを通し、産官学それぞれの関係者は、互いに距離を縮める必要性を再認識している。

成長するバングラデシュのIT産業

バングラデシュのIT産業は2010年現在、約3億5,000万ドル規模といわれ、2008年の約3億ドルから17%伸びている。このうち7割を占めるのが、ソフトウエア・ITES産業だ。規模では2億5,000万ドルで、2008年と比較すると5割近い大きな伸びを示している。

バングラデシュ・ソフトウエア情報サービス協会(BASIS)事務局のハシム・アーメド氏は「1997年に協会が発足したとき、会員企業はわずか17社でした。それが今や658社となり、毎月5から10社の新規申し込みがあります」と、言う。

同協会によると、国内には現在、800から1000社のソフトウエア・ITES関連企業があり、30,000人以上のIT技術者が働いている。IT産業進出先としてのバングラデシュの魅力についてアーメド氏は、若い労働力が多く確保できること、英語教育が浸透していること、政府も「デジタル・バングラデシュ」のスローガンを掲げて外資誘致などに取り組んでいること、税の優遇制度があること——を挙げた。最近では、韓国のサムスンがダッカに南アジアで二カ所目となる研究開発センターを開設した。

伸び行く業界にとって、人材育成は緊急の課題だ。同協会は独自に研修センターを開設。上級技術者に対するスキルアップ研修を実施しており、毎年1,000人から1,500人が利用する。しかし、これだけでは需要に追い付いていないという。「IT関係の学部の卒業生は毎年6,000人前後いますが、即戦力になるかというと難しい。私たちは大学に対し、産業界のニーズも反映した教育課程を検討してほしいと伝えています」

一方の学術界も、IT人材が、国内のみならず世界中で求められていることを強く認識し、JICAのこのプロジェクトに積極的に協力している。

「IT技術者という仕事は、グローバルな職業です。世界中どこにでも仕事がある。だからこそ、体系化された試験制度によるスキル評価の客観化は大切なことです」。日本に留学経験のあるダッカ大学コンピューター学部のハッサンヌッザマン学部長と、ハイデル・アリ教授は指摘する。ハッサンヌッザマン学部長は、ITEEを実施するアジア6カ国で構成するITPEC(情報処理技術者試験委員会)で試験問題作成に参加、アリ教授はITEE運営を指導するマスター・トレイナーの研修に参加した。

両教授は「狭き門をくぐって入学した学生たちは非常に優秀です。ただ、即戦力とするためには企業や政府も、実態に則した人材育成に投資をして欲しいと思います」と言う。また、就職をしても数年で転職してしまう例も多く、技術者たちの働く環境づくりを含むマネジメントの向上にも期待したい、と言う。

ハッサンヌッザマン学部長は、「近年、ただ技術を教えるのではなく、ITマネジメントの重要性を強く感じています。産業界においても、国家の政策決定レベルにおいても、技術と人材をどう有効活用するのかという戦略の視点が重要。大学のカリキュラムにも盛り込まれるべきでしょう」と、話す。

本試験は2014年10月に

ITEEには4段階12種類の試験があるが、バングラデシュではまずレベル2の基本情報処理技術者試験(FE)の導入を目指す。10月27日に初めての模擬試験を数百人規模で行い、来年4月には会場を複数に拡大して2回目の模擬試験を実施。本試験は2014年10月の実施を目指す。

保谷チーフアドバイザーによると、日本政府はITEEの合格者には労働ビザの発給において優遇措置が設けられる予定で、日本企業への就職の道も大きく開けることになる。「ITEEの導入と人材育成はバングラデシュのためだけではありません。日本企業の人材不足をも救うことになるのです」と言う。

「ITEEを全国に広め、多くのプロフェッショナルな人材を育てたい」と、試験を実施する情報通信技術省のN.I. カーン次官は言う。「まずは世界に通用する質の高いサービスを提供できる人材を持つこと、そうすれば自動的に国の利益となります」

「確かに優秀な人材の多くは米国など国外企業に流出してしまいます。けれど、私は空洞化を恐れていません。彼らは外に出て、新しい考え方や知識を得ている。彼らがバングラデシュに帰ってくれば、私たちは自分たちだけでは得ることができないものを、彼らを通して得ることができる。得なことです。この国を、いったん外に出た人材が、また戻ってきたいと思うような環境にすること。それが私の仕事だと思っています」

「デジタル・バングラデシュ」へ、ITEE導入が大きな役割を果たすことを期待したい。

(了)

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ITEE 導入に取り組む保谷さん(右から2人目)と庄子さん(左)、プロジェクト・ディレクターのアムザド・ホセインさん(中央)らプロジェクトチーム=ダッカのバングラデシュ・コンピューターカウンシルで

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情報通信省の傘下にあるバングラデシュ・コンピューターカウンシルの入り口=ダッカで

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バングラデシュソフトウエア情報サービス協会(BASIS)のウタム・クマール・ポール副会長(中央)ら=ダッカ

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ダッカ大学のハッサンヌッザマン教授(左)とハイデル・アリ教授

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バングラデシュ情報通信省のN.I.カーン次官