「世界の縫製工場」、働く人々を守れ!−JICAプロジェクトで耐震診断+建替え・耐震補強ローン−

2014年5月15日

技術協力と円借款を複合、即効性ある事業に

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倒壊事故で1,100人以上が亡くなったラナ・プラザ跡地

2013年4月24日朝、突然崩れ落ちた9階建てのビル「ラナ・プラザ」。内部にあった縫製工場の労働者ら多数が命を落とし、負傷した。バングラデシュのみならず、世界に衝撃を与えたラナ・プラザ事故を教訓に、その製造の多くを途上国に頼る縫製業界では、既存の建物の安全性を見直す機運が高まっている。

バングラデシュは、世界第2位の縫製品生産国であり、輸出額の約8割が縫製品。全国で400万人が縫製業に従事し、そのうち250〜300万人が女性だ。主要産業を支える労働者の安全を守り、労働環境を改善することは、これからの縫製業セクターにとって緊急の課題だ。

JICAでは、この課題に取り組むため、既存の技術協力プロジェクト「自然災害に対応した公共建築物の建設・改修能力向上プロジェクト」と、円借款「中小企業振興金融セクター事業」を組み合わせ、縫製事業者向けの耐震診断及び改修工事のための長期低金利融資事業を立ち上げた。今回の事故は自然災害が原因ではないが、建物に耐震対策を講じることはその安全性を向上させることにつながる。

融資枠は、10億タカ(約12億円)。2013年10月には、融資に携わるJICA、住宅公共事業省、バングラデシュ中央銀行、バングラデシュ縫製品製造業・輸出業協会(BGMEA)、バングラデシュニット製品製造業・輸出業協会(BKMEA)の5者が覚書に調印し、「縫製産業の労働環境改善支援プログラム」がスタートした。

この融資は、工場の安全性を高めるため、耐震補強工事または建て替えなどを希望する縫製業事業者を対象としている。まず、支援を希望する縫製業事業者は、BGMEAまたはBKMEAに耐震診断など建物の評価を申請する。それから、BGMEA及びBKMEAが融資対象となる事業主を選定し、バングラデシュ政府公共事業局に提出する。

公共事業局は、これを受けてJICA専門家の支援を受けつつ、技術者を派遣。選定された工場や建物の耐震診断を実施し、建て替えた方がいいのか、耐震補強工事をした方がいいのか、提言をする。それをもとに、縫製事業者は、指定された46の市中銀行を通じて、資金を借り入れることができる。このプロジェクトでは、事業者の負担を軽くするため、償還期間を15年と長期に設定、市中金利を大幅に下回る、10%を超えない低金利を設定している。

関心高まる耐震対策

大事故に素早く反応し融資プロジェクトを立ち上げることができた背景には、JICAが2011年から公共事業局で続けている公共建築物の地震対策に関するプロジェクトがある。縫製業事業者への低金利ローンの前提となる建物の耐震診断ができるのは、同局の技術者を中心にごく限られた人数しかいない。ここでの日本の技術支援がなければ、今回の複合プロジェクトは実現が難しかっただろう。

バングラデシュでは、サイクロンや洪水などが頻繁に発生しているが、地震災害のリスクも高いといわれる。しかし19世紀末に発生して以来、大きな地震は発生しておらず、耐震の備えは十分ではない。耐震建築もほとんどなく、マグニチュード6.57の地震で建物の7割が倒壊するという調査結果もある。

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公共事業局のアブドゥル・マレック氏(左)と、マフィズール・ラーマン氏

そこで2011年、まずは公共の建物の安全性から確保しようと、公共事業局をパートナーとする「自然災害に対応した公共建築物の建設・改修能力向上プロジェクト」が2015年までの計画で始まった。「日本は、地震対策の分野で世界でもトップレベルの技術と経験がある。ぜひその力を借りたいと、このプロジェクトを提案した」と、プロジェクトマネジャー、公共事業局のアブドゥル・マレック氏は言う。

しかし、課題は山積みだった。対策を立てるには現状把握が必要だが、公共事業局の管理下にある5,000棟以上の建物について、設計の詳細を示す資料はほとんどない。まずは建物のデータベースを作るところから始めなくてはならなかった。また、建築基準法は1993年に制定されているが、まだ耐震対策についての定めはない。建築士は国家資格ではなく、建築認可など建物の品質管理を確保する仕組みや記録も徹底されていない。

さらに、地震対策の技術者が圧倒的に不足している。被災した経験が少ないこともあり、そうした技術を学ぶ機会は少ない。バングラデシュ工科大学などトップレベルの国立大学にも耐震分野の授業はないという。そこでプロジェクトでは、バングラデシュ国内での研修とともに、公共事業局の職員や技術者を日本へ派遣し、耐震技術について学んでもらう機会を作った。

マレック氏も2012年に日本での研修に参加した。「耐震構造の考え方、実際の適用例、実験の方法などを学んだほか、阪神・淡路大震災の経験を記録した防災センターも訪れた。これはわが国にも必要な技術であり、ぜひ習得して実施したいと思った」と話す。ただ、マレック氏は、「日本との大きな違いの一つは、国民の意識の問題」とも言う。「地震に対する備えが必要だということをもっと啓発していかなければ、地震対策への理解も広がらない。技術の習得と同時に啓発も大きな課題だ」と、指摘した。

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公共事業局に展示されている「耐震補強工事」モデル

バングラデシュにとってほぼ初めてといっていい耐震技術の導入。公共事業局では屋外に、実際の耐震補強工事を施して展示しているが、公共事業局管理下の建築物から始まり、学校、病院など公共性の高い建物、そして民間の建物や住宅へと浸透するまでにはまだ時間がかかるだろう。

そんななかでラナ・プラザの事故は、建物の安全性を確保することの大切さを国民に知らしめてくれた、とマレック氏は考える。「耐震対策への関心が高まるきっかけになった。今回の複合プロジェクトを通して、耐震診断や耐震改修技術を実践できることは我々にとって貴重な機会だ。国の主要産業である縫製業セクターの深刻な危機を救うために貢献できることもうれしく思っている」

より幅広い財政支援策も

縫製業セクターへの今回の支援事業は、当面、250社程度をパイロットケースとして選定する予定という。選定に当たっては、申請する事業者が建物の持ち主であること、すでに地盤調査を実施している建物であること、など条件が付いている。

バングラデシュ国内の約5,000社が加盟するBGMEAによると、今回の支援事業には、すでに多くの企業が関心を持って問い合わせを受けているという。BGMEAのシャヒドゥーラ・アジム副会長は、「支援対象となる工場を選ぶにあたっては、関係者による選定チームを作り透明性の高い選定をしたい。ラナ・プラザの事故は私たちにとっても、私たちの輸出先である顧客にとっても大きなターニングポイントになった。安全性向上に向けて努力したい」と、話す。

ただ、バングラデシュ中央銀行の中小企業・特別事業局のアシュラフル・アラム氏は、「バングラデシュの縫製業は99%が中小企業。工場は多くがレンタルで、自分で所有している事業主は限られている」と指摘する。借主がいくら安全対策を施したいと思っても、この支援事業では、建物の持ち主が同意しなければ改修や移転改築は不可能だ。「今回の対象は限られているが、支援事業の実践を通して、バングラデシュ銀行として、工場の安全対策のためにどのような財政支援が可能か考えていきたい」

アラム氏は、ラナ・プラザの事故は多くの関係者の意識を変えた、と指摘する。「まず、経営者の安全に対する意識が変わった。国民からも、国際社会からも多大なプレッシャーを受けた。それだけでなく、労働者自身の認識も変化した。この悲劇を教訓として生かせるよう、さらに幅広く支援ができるファイナンスを考えるのが我々の責務だと思っている」