「顧みられない熱帯病」フィラリア 患者ケアで意識が変わった!

2014年11月19日

「薬をちょうだい」

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コミュニティクリニックのワーカーとともに患者会に臨む田中里奈さん=ロングプール県タラゴンジ郡で(写真はいずれも同地)

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村の60代女性患者の足。20代のころから発症していたがこれまで放置していた

日本ではみられないヒトのフィラリア症(リンパ性フィラリア症)。世界で1億人以上が感染しているがあまり顧みられず、「忘れられた熱帯病」とも呼ばれる。バングラデシュ北部のロングプール管区は、同国内でもフィラリア患者が多い地域だ。予防のための薬剤一斉投与などにより新しい感染者の発生は減ったが、発症した患者たちは完治することのない病を抱えて生涯を過ごさなくてはならない。

大阪府出身の看護師、田中里奈さん(31)は、JICAの青年海外協力隊として2012年9月から2年間、ロングプール県でこのフィラリア対策を担当した。人口約15万7,000人の同県タラゴンジ郡内に、フィラリア患者は1,573人いるという。田中さんは、「少しでも症状の悪化をとどめ、快適な生活を送って欲しい」との思いで、村々を回って患者たちを定期的に集め、日常でのケアの仕方を指導した。

フィラリアは、蚊を介してヒトの体内に運ばれた幼虫がリンパ管に入りこむ。発症すると、足や生殖器などがはれ上がり、痛みを伴うこともある。象皮症とも呼ばれるように外見が激しく変化することから、患者が差別や偏見にさらされることも多い。

そして多くの患者が「良くなるはずがない」とあきらめている。死に至ることはほとんどないが、完治するための薬がないのは事実だ。村々を回ると、患者から声がかかる。「ここへ来るなら治す薬ちょうだいよ。持っているんでしょ?」。田中さんは、流暢なベンガル語で「あのなー、これを治す薬はないの。あげたいけど、ないのよ」と、答える。

完治はしなくても、患部を清潔にし、運動を続ければ、悪化は食い止めることができる。患者は生きることに前向きになり、周囲の態度も変わる。田中さんはそれを理解して欲しい、と声をかけ続けた。「とにかくコミュニティクリニックに来てや。毎月、みんなで集まっているから」。「何かくれるの?くれるなら行く」。その繰り返し、積み重ねだった。

心強いパートナー

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足の洗い方を教えて清潔に保つことの大切さを伝える

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郡役所の保健担当、ビブラタ・クマール・ズッタさん(手前)と、モジブル・ラーマンさん(奥)

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「清潔にしないと悪化する。だからケアが必要と分かった」と語る患者会の参加者と田中さん(右)

のどかに広がる水田に囲まれたタラゴンジ郡内のビシノップール・コミュニティクリニック。小さな庭の木陰に椅子を並べ、今回で5回目になるフィラリア患者会が開かれた。

参加者は女性8人。付き添いの家族を入れて全部で9人がぐるりと円になって座った。まずは血圧測定から。直接フィラリアとは関係ないが、これが人集めには有効だ。病院などでは一回10タカの血圧測定が無料。田中さんは「お得感」があってしかも健康チェックに役立つ要素を盛り込んだ。そして、患部の大きさをメジャーで測る。前回と比較して症状が悪化していないかどうか。一人ひとりのカルテを作って状況を本人に伝える。

フィラリア患者のケアは、まず、足などの患部を清潔に保つことから始まる。この日の参加者は足が患部だったので、たらいに水をくみ、クリニックのワーカーたちが丁寧に足を洗った。清潔にすることで指の間から発するにおいもなくなる。「においのせいで、家族すら近寄ってこないという人もいるんです。家族と一緒にいたかったら、ちゃんと洗ってね、と言います」

「みなさん、運動をしていますか。サンダルをはいていますか」。田中さんと一緒にフィラリア対策に取り組むビブラタ・クマール・ズッタさんと、モジブル・ラーマンさんが、問いかけた。郡の保健担当の職員である2人の役割は大きい。「私たち公務員はみんなの手本にならなければ。私がさぼれるわけがない」と、担当の地域を自転車で回りながら、フィラリア患者会や予防接種などの呼びかけをする。

「この地域で患者会が続いているのは、この2人のおかげ」と、田中さん。熱のこもった呼びかけは、患者たちの心を動かした。触れるのもいやがられた患部を丁寧に洗ってもらう。ケアすれば症状が悪化しないことを初めて知る。同じ悩みを持つ人々と集う。こうした経験と知識が積み重なり、自分自身でも目をそらしていた病気と、きちんと向き合う力がわいてきたのかもしれない。

20代で発症したが、今まで放置していたという60代の女性。患者会に来るたびに「何かくれるの?」と言っていたが、ここ数回は言わなくなった。そしてこの日「どうしてケアが必要か」というズッタさんの問いかけに、誰よりも早く「清潔にしないと症状が悪化する」と、大きな声で答えた。また、患者が患者を連れてくる、という口コミの輪も広がっている。

患者会の最後には、みんなで7種類の簡単な体操をする。足首を曲げたり、伸ばしたり。恥ずかしがりながらも、参加者が順番に前に出てみんなをリードする。「いつか患者さん自身がこうした会を開き、運営できるようになって欲しい」と、田中さんは期待している。

悩んだらフィールドに

田中さんは看護師としての経験のほか、大学院で急性期看護について勉強した。でも今最も関心があるのは地域医療や訪問看護だ。最先端の機器や人材がそろった施設での看護とは違い、それらの現場では足りないものがある。

途上国での仕事にも似た部分がある。でも、足りない中で何ができるか、を考える。患者も医療従事者側も、どうしたらあきらめずに「やる気」が起きるのかを考える。田中さんは、その熱意が、患者の生きる力につながっていくことをバングラデシュで知った。

「悩んだり、落ち込んだりしたときにはフィールドに行くようにしました」。プロジェクトの現場で、自転車で走り回り、地域の人々向き合うズッタさんたちのように、尊敬できるバングラデシュの人々に出会えたことは大きな財産だと思う。

日本に比べて何もかもが不足した貧しさに直面し、人間らしく生き、死んでいくために何が大事なのか、も改めて考えるきっかけになった。「日本で訪問看護や地域医療の現場に立ったとき、バングラデシュでの経験が必ず生きると思います」

患者同士の集まりで、丁寧な日常のケアを指導する患者会。実はフィラリアで、予防だけでなく、こうした「患者のケア」を重視した対策をとっている例は珍しい。患者会で続けている計測データをもとに、ケアにより症状が軽減したということが実証できれば、世界的にも珍しい事例になる、と田中さんは指摘する。