国会承認の雄叫び

2010年12月21日

12月16日、街は既に年末クリスマス気分であった。国会で審議登録されている法案は、既に数百件に及んでおり、誰かが能動的に動かなければ、いつ審議されるのかわからない。サンパウロ州向け円借款191億円の年内国会承認を期する我々は、多岐の人脈で年内承認に向けて動いてきた。この日も朝から、サンパウロ州選出の連邦政府与党(労働者党)の上院議員を往訪した。同議員との談話の中で、同行したサンパウロ州役人が日系人であることを知った。「日本語を話さないし、君が日系人とは知らなかった。」と、私が後で言うと、「祖父がブラジルへ移住しました。私の父は、祖父が渡伯する船上で産まれました。」と、彼女は答えた。そこに、日系人ブラジル移住の長い歴史の歩みを感じた。

議員との面談を終える。隣の部屋もサンパウロ州選出の与党上院議員である。しかし、10月の全国州知事選挙ではサンパウロ州の政権与党(社会民主党)の敵対候補にもなった有力議員のせいなのか、サンパウロ州関係者は首を横に振り、足早にその前を通り過ぎた。その他、複数の議員室を訪れた。サンパウロ州政府関係者が「行けない」と言うところはJICAだけで訪れた。自分は日本の国会見学さえしたこともないが、アポ無しの飛び込みに緊張しながらも、国会議員室の扉を叩いた。

私と担当Kは、上院経済員会の傍聴席で、円借款の審議が行われる瞬間を待った。しかし、木曜夕刻は国会議員の多くがブラジリアを発ち始める。17時、定足数の議員が集まらず、その日の臨時経済委員会はキャンセルとなった。経済委員会事務局は、来週も可能性はあると言ってくれたが、召集できる可能性は高くはない。その時、Kが言った。「経済委員会議長のところに、もう一度行きましょう。」先日、JICA本部から本件に係るミッションが来てからというもの、Kの取り組み姿勢には大きく弾みがついていた。この時、仕事の成否はモチベーションで決まるということを、私は確信した。

例年であれば、来年度の予算審議は既に終了し、国会は散会していたであろう。ところが、政権交代を前にした予算審議は法案説明者が2度も変わる異例の事態となり、開期最後まで下院で審議が続くことになった。上院議員も参集する。経済委員会は定足数議員の持ち回り決議となり、本円借款は緊急法案として上院本会へかけられることになった。

12月21日、国会閉会の前日。午後の上院本会傍聴席で我々は待った。定足数41を上回る71名の議員出席も場内パネルで確認できる。14時からの本会は、本年で任期満了の離任議員の挨拶から始まった。一人一時間以上かけて在職時の功績を他議員と讃えあっている。離任挨拶が延々と続いた。時計が既に17時半を過ぎた頃であろう、議長が緊急議題を審議することを宣言した。ついに来た。社会民主党の議員が法案を読み上げた。するとその時、72番目で議場へ到着していた労働者党議員が意見表明のためにマイクへ向かった。先日、サンパウロ州関係者が議員室前を足早に通り過ぎた、あの議員である。私の隣にいたサンパウロ州関係者の顔色が変わった。しかし、同議員は本案件の重要性を説き、JICA円借款の承認を支持したのである。与野党の違いを超え、日伯経済協力がブラジル立法府で満場一致で承認された瞬間であった。

(文責:江口雅之)