北京の北方で砂漠化防止に立ち向かう1人の日本人青年

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植林緑化ツアーの様子

河北省承徳市豊寧満族自治県
北京市の北180キロメートルに位置する豊寧県は、人口約10万人の小都市と多数の農村地域で構成される。周囲を山脈に覆われ、北風の通り道となっているため風砂被害が大きく、砂漠化の進行が深刻だ。
北京市へ押し寄せる同県の砂漠。この地に1人で根を下ろし、砂漠化防止・環境教育普及活動に取り組む日本の若者がいる。彼の名前は鈴木純(23歳、東京都)。故郷を離れ、見知らぬ土地で情熱を傾ける彼の姿と声を届けたい。

21世紀中国首都圏環境緑化交流センター

北京に一番近い砂漠を擁する同県では、2001年から中国政府、NPO地球緑化センター、日系企業の共同による砂漠緑化プロジェクトが進められている。2008年6月、このプロジェクトの一環として、地域学校への環境教育や、植林ボランティアの受入を行うことを目的に「21世紀中国首都圏環境緑化交流センター」が設立された。鈴木君は青年海外協力隊員として2008年10月から同センターの運営活動に従事している。

心が折れそうな毎日

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砂漠化の様子(以前は緑に覆われる山だった場所)

彼は豊寧県に住む、初めての、また、唯一の外国人だ。中国語で同僚と意思疎通することが難しい日々。環境教育の普及を行うため、色々な提案をしても、なかなか相手にされない。自身が抱いていた理想と現実のギャップに戸惑う毎日。ある日同僚から「ここにはあなたの仕事はありません」と言われた。何のためにここにいるか分からず、思い悩んだ。それでも次々と新しい企画を提案し続けた。嫌がられても、中国語の意思疎通が難しくても、自分の居場所が無いと言われても・・・。

少しずつ回り始めた歯車

砂漠化防止活動を広めるため、この春、彼は「週末緑化ツアー」を提案した。
初めは誰にも相手にされなかったが、それでも周囲を説得し続けるうちに、少しずつ手伝ってくれる同僚も出てきた。緑化ツアーの当日、何とか10名の参加者を集め、300本の油松を植樹した。
参加者全員で昼食を食べながら、地元関係者と白酒で乾杯しているとき、「ありがとう」という言葉で涙が溢れた。
なじめない土地、現地の人々と交流できない自分・・・・自分を責めていた辛い日々。
好きになれないと思っていた豊寧県とここに住む人々。
いつの間にか自分の居場所を見出せた。周囲の人々から信頼されてきた。
そう気付いたら涙が止まらなくなってきた。今では彼の提案により、環境保全に係る新聞が作成され、周囲の複数の学校へ配布されることとなった。

心に木を植える

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砂漠化に飲み込まれる豊寧県の植物

彼は言う。
「今の世界は耳を塞いでいても、貧困、倒産、砂漠化、環境汚染などの暗いニュースが入ってきます。小さい頃からそのような環境で育ったため、『未来』は『希望』ではなく、何か暗いモヤモヤとしたものであると感じていました。正直こんな世界から逃げ出したいと思っていました。ただ、生きているだけではこの世界から一生逃げられません。暗く見えてしまう未来なら、自分で明るくするしかないと思い、自分が何ができるか考えました。そこで選んだテーマが『環境』でした。環境保全事業に従事すると共に、環境の大切さを人に伝える、そんな仕事を通じて自分の未来を切り開きたいと思ったのです。
砂漠化防止のために木を植えているのは、国際協力や中国の砂漠化を食い止めることだけが目的ではありません。自分自身のために・・・そう、自分と、自分に関わる人の心に木を植えているのです。」

長い長い冬が終わりを告げ、豊寧県には暖かい春の風が吹き始めた。
砂漠化が進む同県。そんな辺境の地で情熱を傾ける1人の日本人。
次回の緑化ツアーでは、そんな彼と一緒に私も「心の木」を植えてみようと思う。

(了)