アジアの緑を守る〜日中協力林木育種科学技術センター計画

日本と中国の松が次々と…

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成果発表会の様子

「松くい虫」。かつて日本で猛威を振るい、1979年には日本で年間243万平方メートル(東京ドーム約50個分の広さ)もの松が枯死した原因となったマツノマダラカミキリを媒介とする線虫の通称である。
正式名称は「マツノザイセンチュウ」。かつて北米からの貨物の梱包材や丸太に混入したマツノマダラカミキリにより日本に上陸した。北米産の松はこの線虫に対し抵抗性があるため感染しても枯死することは無いが、抵抗性を持たない日本の松は、次々と枯死し、危機的な状況となったことから、日本の林業関係者が10数年にわたって抵抗性を持つ品種の開発に取り組み、その技術を確立した。
一方、中国においては1980年代に南部沿海地域より上陸し、同地域の馬尾松(バビショウ)などの松が大量枯死する事態に追い込まれた。中国政府はこうした事態を重く受け止め、現在では木製梱包・パレットを使用したすべての中国向け輸出貨物について、出港前に薬剤による病害虫の駆除を行うことを義務付けている。しかし、既に侵入した病害虫による松の枯死を食い止めるためには、松くい虫に抵抗性のある品種を早急に開発する必要があった。
こうした技術が確立されていなかった当時の中国は、いち早く技術を確立した日本に協力を求め、日本は中国で、松くい虫に抵抗性のある馬尾松の新品種の開発に取り組むこととしたのである。

中国林業分野への日本の技術協力と松くい虫対策

昨年、技術協力プロジェクト「日中協力林木育種科学技術センター計画」が終了した。湖北省と安徽省を対象に2001年から7年間、前身の「湖北省林木育種計画」(1996〜2001年)を含めると12年間にも及ぶ息の長いプロジェクトを締めくくる成果発表会には、手弁当で駆けつけた日本人関係者を含む歴代の日中関係者が一同に会した。
旧交を温め合う姿はもちろんのこと、当初は片言の日本語しか話すことのできなかった中国側技術者が、今では日本語で堂々とプレゼンテーションする姿がとても印象的であった。
このプロジェクトでは、林木育種事業計画の策定や主要な樹種の優良品種の開発などを行い、中国の林業分野に大きく貢献したが、この中の協力のひとつこそが、「マツノザイセンチュウ抵抗性品種」の開発だったのである。

中国の松を守りたい〜日中技術者の熱意が育んだ新品種

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マツノザイセンチュウ(林野庁HP)

抵抗性のある品種は、DNAレベルのデータ収集と整理分析など根気のいる地道な作業の積み重ねと実験の繰り返しによって確立される。
日本から派遣された専門家たちは、こうしたノウハウを基礎から中国人技術者に学んでもらおうと努力した。
中国人技術者たちもその熱意に応えるべく、日本人専門家を先生と慕い、技術の習得に必死に取り組んだ。とくに中核となる何人かの技術者たちは日本語も懸命に勉強し、プロジェクトの後半には通訳を介さずにコミュニケーションが取れるまでに成長した。
成果発表会は終始笑顔が絶えない集いであったが、このことは、日中の関係者が時にぶつかり合いながらも信頼関係と実績を積み重ねてきたことの証であろう。

アジアの松を被害から守るために…

日本における経験と実績を活用した結果、中国におけるマツノザイセンチュウ抵抗性品種の開発は短期間で実現した。
松くい虫に抵抗性がある松を大量に生産できれば、大量枯死した沿海地域に再び松のある風景を取り戻せることになる。
経済活動の副作用として発生した松くい虫による被害を、日本の経験と技術に基づく日中の関係者の努力により食い止め、失われた緑を取り戻す・・・。日本で確立した技術を中国でも応用できたことは、松くい虫に抵抗性の低い松がある他のアジア諸国の対策としても応用できることを意味する。
日中協力の成果でアジアの緑を守る日が来ることを期待したい。(執筆者:林宏之・国際協力機構(JICA)中国事務所)