砂漠を緑に!−内モンゴルにおける日中協力植林事業の取り組み

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砂漠

砂漠が延々と広がる中国内モンゴル自治区。春には目を開けられないほどの砂嵐が吹き荒れる。
ここもかつては美しい草原が広がっていた。しかし、1960年頃から、人口の急増、放牧、開墾などにより、土地がみるみる劣化し、草原は砂漠に変わっていった。強風が砂を飛ばし、家や畑を飲み込んでいく。そうして砂漠が広がっていった。
中国の砂漠面積は約174万平方キロメートル。日本の面積の4.5倍以上である。内モンゴル自治区は中国の中でも砂漠の多い地域で、砂漠化の脅威に晒されてきた。
そんな中、ここでは砂漠化防止のため、約29万ヘクタール(東京の面積の約1.3倍)の植林・植草を行う事業がJICAの円借款を利用して行われている。年間降水量が400ミリにも満たないところも珍しくなく、冬には氷点下20度以下にもなる過酷な環境の中で、砂漠を緑に戻そうという取り組みが着実に広がっている。

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劉さん

この植林事業に参加した劉生栄さんは言う。
「20数年前、土地の請負制度が開始され、私も他の人と同じように牧場の経営を請負いました。その頃そこは草が豊富ないい土地でしたが、放牧を続けていたら大部分が不毛の地になってしまいました。冬や春にはひどい風砂が襲うようになり、牧場や家はどんどん砂に埋もれ、弱い家畜は砂の上で惨めに死んでいきました。私たちの生活は苦しくなっていき、みんな風砂の被害におびえ、不安でいっぱいでした。生きていくためには、風砂被害を何とかしなければならない、砂と戦わなければならない、と切実に思いました。
そんな時、私たちの住んでいるあたりで、日本の援助で植林事業が実施されることを知りました。これだ!これに参加しよう!と思い、応募して600ムー(40hヘクタール)の植林を実施することにしました。
最初はすごく大変でしたよ。当時、割り当てられた植林地は「死の海」と言われるくらいひどい砂漠で、水も電気も道路もなく、車も入れないようなところでした。一家総出で、朝から晩まで休む間もなく、全身砂まみれになって苗を植え、水を運んできては苗にやりました。でも、せっかく植えても、強風に飛ばされたり、砂に埋もれたり、またねずみやウサギにやられたりして、植えた苗が跡形もなくなってしまったこともありました。それでもあきらめずに家族全員で植え直し、毎日見回ったりして、木を育てました。手も足もボロボロになりましたよ。

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数年かかって、やっと600ムーの植林を完成させました。荒れた砂漠は木に覆われ、育った木の枝は燃料として近くの工場に売れるようになりました。今では風砂の被害も随分少なくなり、農業や牧畜の生産量も増えてきました。それに、木の枝が売れるので収入が増え、生活もよくなりました。年収は3倍以上、貯金は4倍くらいに増えましたよ。苦労して育てた木々は本当に可愛いです。自分の子どもと同じですよ。今は自分のお金を投資して、植林面積を増やしています。私たちの成功を見て、近所の人も植林をするようになりました。植林は環境にもいいし、収入も増えるし、本当にいい事業です。」

内モンゴル林業局の康宏さんも言う。
「円借款植林事業で、砂漠に緑が戻ってきています。植林前と後では違いが一目瞭然です。植林を通じて農民の暮らしもよくなっています。内モンゴルの環境は厳しいですが、これからも砂漠緑化を頑張っていきますよ。そうすれば、日本に飛んでいく黄砂も減りますね。」

砂漠を緑に戻す、この困難な取り組みが日中の協力で着実に実を結びつつある。そしてその事業は人々の生活にも希望の光を投げかけている。
ニコニコと笑う、日に焼けた劉生栄さんや康宏さんの笑顔が、極寒の内モンゴルでも温かく輝いていた。

執筆者:足立佳菜子・国際協力機構(JICA)中国事務所