「ポリオ対策プロジェクト」から20年−2014年中国「尋故之旅」を終えて−

JICAが1990年代に実施した「ポリオ対策プロジェクト」に日本側から専門家として参加し、プロジェクトの中心的な役割を果たした千葉靖男氏と吉倉廣氏が、今般中国側の招聘で当時の関係機関等を訪問・視察し、また講演等を行いました。今回の訪問に関する両名からの寄稿を掲載します。

2014年 中国「尋故之旅」を終えて 千葉靖男 元国立国際医療センター 吉倉廣 元国立感染症研究所所長

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新装なった山東省CDCにて:右から徐愛強副主任、吉倉、千葉、中国CDC計画免疫李黎主任、張旋所員

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甘粛省張掖市CDCにおける予防接種、麻疹流行状況などに関する討議の様子

人々が絶え間なく移動する現代において感染症に国境はない。ましてや隣国の色々な感染症についてその実状を知っておくことは我が国の感染症対策にとって直接的な意義がある。現在、世界で根絶の期待されるポリオや、同じく撲滅をめざす麻疹もそのような感染症に含まれるであろう。日本は過去二十年以上にわたり中国のこれらの対策に協力し、また、これに関連して人々の交流や情報交換が続いている。長く協力に携わった筆者らもこれら感染症の趨勢について注目しているが、今回中国疾病予防対策センター(以下CDCと略す)の招聘により中国を訪問し、視察と講義、意見の交換などをおこなった。以下にその背景や協力内容について記す。

中国のポリオ撲滅活動への日本の協力は1990年から始まり、JICA「ポリオ対策プロジェクト(1991年〜1999年)」が発足する。ワクチン一斉投与やサベーランスへの協力が山東省で始まり、筆者も専門家として山東省防疫センター(現CDC)に赴任した。また、国立感染症研究所はポリオ実験室診断の全国ネットワーク作りに協力した。山東省での協力は周辺の4省(河北、河南、安徽、江蘇)にも広がり、1995年からは南方の5省(四川、雲南、貴州、広西、江西)及び重慶市も対象となった。また、周辺国からのポリオ輸入を警戒して新疆ウイグル族自治区など中国北西地域のポリオ対策の強化にも協力した。2000年、WHOは西太平洋地域のポリオフリーを宣言したが、中国に対するこのような協力はその達成に大きく貢献したと考える。
2000年からは予防接種における安全注射の確立を盛り込んだ「予防接種事業強化プロジェクト(2000年〜2005年)」が山西省、陜西省、甘粛省、青海省、寧夏回族自治区を対象として発足する。しかし、隣国パキスタンからのポリオ輸入の危険性が常に存在しており、ポリオフリーの維持も主要なテーマであった。実際、2011年に新疆ウイグル族自治区の和田地区においてパキスタン由来のウイルスによるポリオ流行が発生した。パキスタンのポリオ流行がさらに拡大している昨今、ポリ輸入の危険性は増々高くなっており、我々関係者は今最大の危機感を抱いている。
2006年には甘粛省、寧夏回族自治区に加え江西省、四川省及び新疆ウイグル族自治区を対象地域とする「ワクチン予防可能感染症のサーベイランス及びコントロールプロジェクト(2006年〜2011年)」」が発足する。2005年にWHO西太平洋地域事務局が「2012年までの麻疹撲滅」を提唱したことに関連し、このプロジェクトには麻疹対策への協力が盛り込まれた。中国は2010年に全国麻疹ワクチン一斉投与をおこない、2012年には最低の患者数(約6000例)を記録したが、2013年から流行が再燃し、今年2014年は患者数4万例を超えた。これは麻疹のコントロールの難しさを示すとともに、ポリオ根絶をモデルとするWHOの麻疹撲滅戦略が必ずしも中国にとって最適ではなく、よりこの国の実情に沿った活動の必要性を示唆しているように思う。いずれにせよ、予防接種強化とポリオ根絶とその維持、麻疹撲滅をテーマとするこれら一連のJICAプロジェクトは2011年に終了した。しかしポリオ輸入の危険性はさらに増しているし、麻疹撲滅へのアドバイスも必要であろう。これらはともに世界的課題であり、日本が何らかの協力を続けることの意義は変わらないと考える。

以上のような背景のもと、筆者らは今年2014年10月に北京、山東省及び甘粛省を訪問した。これは直接的には中国CDC予防接種計画センターの李黎主任の招聘によるものである。李黎主任は筆者が1990年に山東省CDCに赴任して以来のカウンターパートであり、JICAプロジェクトが全国展開する上でも大きな役割を果たしてくれた。さらに、彼の数年先輩の徐愛強氏は同じく山東省時代のカウンターパートで、現在山東省CDCの副主任の職にあるが、今回の省内での活動がスムーズにいくよう万全の手配をしてくれた。しかし、困難な状況にある最近の日中関係の中、この招聘を決断したのは中国衛生部疾病対策局の于競進局長であることを後に知った。彼もまた1990年のJICAプロジェクト事前調査実施時から、プロジェクトの本格開始以降も一緒に働いた衛生部カウンターパートである。国際機関への評価も高いが、我々日本人に対し変わりなく接してくれている。その他、今回会うことのできた梁暁峰中国CDC副主任は当時甘粛省でのカウンターパートであり、現地で我々の活動を取り仕切ってくれた省CDCの孟蕾副主任及び李慧副主任も同じくカウンターパートである。さらに、衛生部疾病対策局局長退官後、中国肝炎財団の理事長を務める王剣先生は、正に当時JICA「ポリオ対策プロジェクト」の責任者であった。これらの方々との間に今も続く信頼関係もまた今回の訪問を支えてくれたと思う。

今回視察した2省のうち、JICA「中国ポリオ対策プロジェクト」の始まりの地である山東省では、新装なった省CDCを視察し、予防接種活動の詳細、ポリオ対策、麻疹撲滅などについて報告をうけた。この省でも麻疹ワクチンの一斉投与後2012年に過去最低の患者数を記録したが、今年は2000例を超える

患者が発生している。流行の主体は乳幼児と年長者成人であり、ワクチン一斉投与により対象年齢層での発生はコントロールしたが、それだけでは麻疹流行は防げないことを示唆しているように思われた。また、曲阜市、泰安市を訪問し、新装なった予防接種クリニックを訪問した。以前、予防接種は郷鎮や村の衛生院でおこなわれていたが、色々な面で安心して予防接種を受けられる施設は少なかったと思う。2007年頃より予防接種実施体制の改革が始まり、施設の新設、コールドチェーン設備の更新、専門スタッフの配置、問診制度の導入など大きく改善された様子であった。以前は接種中にアンプルを氷で冷やしていて、温度保持、無菌性保持の点から問題があったが、今回訪問した接種クリニックは小型冷蔵庫を各接種デスクに置き、且つ、大体1アンプルが1人分で、予防接種の現場は大きく改善されていた。副作用のクレームが問題になっている現状を反映し、接種前に親からの同意書を取り、予診をしているのも以前にはみられなかったことである。因みに、李黎主任が編集主幹を務める「中国疫苗和免疫」は毎年頭に中国の年間副作用統計を公表している。実験室の機材設備は県レベルまで揃っていたが、十分訓練を受けた職員がいるかどうかについては課題を抱えているかも知れない。副作用対応や新しい病原体診断技術の分野は、日中の協力が可能な分野ではないかと思われる。

甘粛省は2000年以降の二つのJICAプロジェクトの対象省であったが、中国北西地域の省としてポリオ輸入に対し特別に警戒の必要な省でもある。省都である蘭州市を始め、武威市、張掖市、敦煌市において予防接種活動、ポリオと麻疹対策について説明を受け、接種クリニックも視察した。トレーニングコースを開催し、パキスタンのポリオ流行状況と輸入の危険性を解説し、ポリオ対策プログラムを堅固に維持することの必要性を訴えた。麻疹については、その強い感染性と中国の巨大な人口という特殊性を勘案し独自の取り組みと見通しを持つことの必要性、さらに札幌市の"麻疹ゼロ"活動を紹介した。
今回訪問した2省だけでなく中国全体の傾向として、麻疹はワクチン接種前か接種遅れの乳幼児と年長者成人層で発生している。そして年長患者の多くもワクチン未接種である。年長者成人群への効果的なアプローチは限られているが、乳幼児へのワクチン接種を確実に、つまり接種月齢になり次第できるだけ早く、且つ未接種児が出ないよう実施することの大切さを強調した。
また、北京においてはこれらに加え、今後予定されるポリオ不活化ワクチン使用に関連して2012年に日本が経験した生ワクチンから不活化ワクチンへの切り替え時の状況や問題点についても触れた。CDCスタッフを始め参加者は興味を持って聞いてくれたと思う。

以上、今回の中国訪問はポリオ輸入への警戒を呼びかけ、同時に麻疹の撲滅活動を支援することであり、JICAプロジェクト終了後の課題のフォローアップとも言える。そしてそのような趣旨に沿い活動を終えることができたと思う。一方、北京では中国衛生部及びCDCのスタッフと、また山東省、甘粛省においてもJICAプロジェクトに関わった人々と再会し旧交を温めることができた。そして彼らは筆者らを何の屈託もなく歓迎してくれた。折しも于競進局長は疾病対策局が管轄するエボラ対策の指揮に忙殺されていたが、我々との再会に貴重な時間をさいてくれた。また、今回我々を招聘した李黎主任は、筆者らにとっては、"李君"とか"李さん"とでも呼ぶほうがはるかにふさわしく感じる間柄であるが、全行程を同行して草の根の状況を一緒に視察した。二十数年前、山東省の農村地帯を同じように廻ったことを思い出したが、彼は山東省CDCの徐愛強氏と一緒に今回の視察を、過去を尋ねる旅として、表題の"尋故之旅"と名付けたとのことである。これは彼らが初期JICAプロジェクトの活動の姿勢とも言える"現場主義"を今も貴重な学びとして受け継いでくれていることの証しであろう。今やWHOなど国際機関や米国CDCとの接触も多い彼らであるが、JICAを通じた支援が終了した今でも大変友好的に接してくれており日本にとっては財産と言っても良い。この関係をこれからも大切にしなければいけないと思っている。
中国は経済的にも外交的にも大国になりつつある。しかし、南北米大陸全体より大きい人口を抱え(南北米大陸1,228,000,000人、中国1,386,000,000人)、人口数に強く影響を受ける麻疹の撲滅は中国にとって容易ではない。今後WHO西太平洋地域のポリオ麻疹等の感染症対策会議において、この地域の問題を良く知る中国と日本とが歩調を合わせ、地域の感染症対策立案に当たる事が地域のより合理的な感染症対策、更には、両国の友好に寄与するのではないかと思われる。

謝辞

今回の活動は下記の方々のご支援ご協力によって実施されたものであり、ここに改めて感謝の意を表します。
国家衛生計生委疾病控制局 于競進、王钊(元局長)、雷正龍、李全楽;中国疾病予防控制センター (以下CDC) 梁暁峰、馮子健、王暁キ(キ:王へんに其)、李黎、王華慶、尹遵棟、張旋:ウイルス研究所 許文波:山東省衛生計生委疾病予防控制処 趙吉来: 山東省CDC華振強、徐愛強、宋立志、許青:済寧市CDC 時愛東、梁玉民、孫毅:曲阜市CDC高憲成、顔軍、孔亜莉:泰安市衛生局 許琨:泰安市CDC 楊会利、王娟娟、謝学迎:甘粛省衛生計生委 王暁明、王暁娟、何愛偉:衛生計生委党組(兼)CDC 王新華:甘粛省CDC 孟蕾、李慧、劉建鋒、張暁曙、安靖:武威市衛生計生委 楊天琳:武威市CDC郭廷仕、王興国、李向国:張掖市衛生計生委 李積英:張掖市CDC徐興祥:臨澤県 褚天祥、張暁蘭、楊年 :嘉峪関市副市長 王万平、:衛生局 朱興有、于建新:嘉峪関市CDC 王玉明、李建兵:酒泉市敦煌副市長 王暁玲:衛生局 楊瑜:酒泉市敦煌市CDC司長源。

執筆者

千葉 靖男氏(元JICA中国ポリオ対策プロジェクト・チーフアドバイザー、元国立国際医療センター国際医療協力局派遣協力第二課長)
【略歴】札幌医科大学小児科助教授などを経て、1988年に国立国際医療センター(現国際医療研究センター)厚生技官に就任。90年11月から92年12月、95年4月から99年12月の二度に渡りJICA中国ポリオ対策プロジェクトのチーフアドバイザーとしてとして中国に派遣され、山東省を始め中国各地で農村地域のサーベイランスを徹底的に行い、中国のポリオ撲滅に貢献。その活動が高く評価され、99年11月に中国政府・衛生部より中国衛生賞を受賞。

吉倉 廣氏(元JICA中国ポリオ対策プロジェクト国内支援委員、元国立感染症研究所長)
【略歴】国立予防衛生研究所、東京大学医科学研究所を経て東京大学医学部細菌学教授、国立感染症研究所副所長、国立国際医療センター研究所長、国立感染症研究所長。実験室診断とサーベイランスに関し1990年から2011年迄JICA中国ポリオ対策等事業に参加。

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