夢はたくさんの子どもに「思いやり」を伝えること −日系ブラジル人と日本社会のかけ橋に−

【画像】伊木ロドリゴさん

ブラジル出身、愛知県立大学外国語学部英米学科3年生、日本語教室FERA主宰
伊木ロドリゴさん

 「ブラジルから来日した頃は、日本語がわからず苦しんだ」。ことばの壁を乗り越え、高校時代は愛知県高校英語弁論大会で優勝!現在は学業に加えて、在日ブラジル人のための日本語教室FERA(フェーラ)を主宰、各地で講演活動を行っているアツイ青年、伊木ロドリゴさんにお話を伺います。(聞き手:JICA愛知デスク 佐藤江梨子)

 JICA中部は、今年3月からJICAボランティアの社会還元活動の一環として、中部地域で職を失った日系ブラジル人に対して日本語教室を運営しているOB・OGをサポートしています。その中の一人、山田理世シニア海外ボランティアOGは、「1世紀前のハワイ、ペルー、ブラジルの日本人移民たちは入植10年後にはそれぞれの日系コロニー自前の語学教育機関を立ち上げたとされている。定住を目指す以上は自らの生活スキル習得機会創出に日系人自身がいっそう主体的に関わるべき」と、日系人自らの自助努力の重要性と可能性を強調しています。
 その意味で、ロドリゴさんはご自身の経験を活かし、地域の日系人のために活動されており、どのような経緯で日本語教室設立に至ったのか、お聞きしていきたいと思います。

まずはロドリゴさんが日本に来た頃のお話を聞かせて下さい。

 1996年に来日した当時は10歳でした。最初は言葉が全く分からなくて苦しみました。特に日本人は、すごく控え目で(初対面では)遠慮してしまいますので、自分から近寄っていかないと距離が縮まることはないと言っていいほどですからね。だから、言葉を覚えない限り、友達ができないということがすぐにわかりました。日本での最初の1〜2年は、弟が唯一の友達でした。弟と一緒にお互いに支えあったからこそ、乗り切れたように思います。

日本語教室をはじめたきっかけと運営の様子を教えて下さい。

 父が日本語を話せなかったというのが、そもそものきっかけでしたね。日本語が分からず苦しんでいる父親を見て、ずっと何とかしてあげたい、という気持ちがありました。「きっと同じようにつらい思いをしている人が多いだろうな」と思いながら、日本語の家庭教師から活動を始めました。口コミで広がり、気がついたら(授業)時間に指導しきれないほどの人数になっていました。そのため、家族で話し合い、「日本語教室」にするのが一番良い解決方法ではないかと、教室を始めることになりました。今も、この教室は家族の協力で成り立っているように感じます。家族がみんな応援してくれているというのが、やはりすごく大きいですね。助かっています。いや、助け合っています。現在、弟と運営している日本語教室FERA(フェーラ)の名前は、私の両親と弟、私の名前の頭文字に由来しているんです。最初は小さな部屋で生徒さんも13人くらいからのスタートでしたが、現在は60人ほど来てもらっています。毎回の授業の参加者は15名程度ですが、初級、中級、入門レベルを分けて行っています。年齢の制限は無く、10代〜60代の方まで参加してもらっています。
  私がFERAで力を入れていることは、日本語を実践の場で話せるようになってもらうことです。文法などの授業も行いますが、発音をしっかりできるようになってもらえるよう、頑張っています。また、テキストは自分達で作っています。電車などの移動時間も常にノートを持ち歩き、気づいたことや自分が学んだ表現を書き留めるようにしています。また、生徒さんたちがヒントをくれることもあります。最初はわからないことだらけで苦労も多かったのですが、父のアドバイスや家族の支えのお陰でここまでやってくることができました。本当に感謝しています。

日本語教室を運営していて、やりがいを感じる時はどんな時ですか?

 やりがいはやはり、生徒たちが笑顔で授業を受けてくれること、笑顔で帰っていくこと…。それから「先生ありがとう」と言ってくれることですね。毎週、最後にはみんな温かいハグをして帰っていきますので、すごく心が温まるんです。

日々、地元の日系人のために頑張るロドリゴさんのパワーの源は何ですか?

 父、母が仕事を一生懸命して、大学の授業料や僕と弟の生活費を稼いでくれること。当たり前のように思えることでも、世の中には恵まれない人がたくさんいます。僕たちは本当に恵まれていると思います。僕たちの将来のことを考えて、来日を決めて、ここで大変な仕事をしながらも文句は決して言わずに頑張ってくれている両親を見ると、何ともいえず感謝の気持ちを抱きます。本当に二人は最高の親であり、人間的に尊敬しています。普段から一生懸命な姿を見せて、恩返しをしたいって思います。「子どものために頑張ってよかった」って思ってもらえたら嬉しいです。あと、仲間ですね。友達がたくさんいますので、「異国」であるこの日本でも、同じ「仲間」として受け入れてもらえてうれしいです。来日当時を思えば、今ってすごく居心地がいいですし、毎日が楽しいです。

中部地域に多く住む日系ブラジル人と日本人、みんなが幸せに暮らすために必要なことはなんだと考えますか?

 正直、「分かり合おう」なんていうのは、少しきれいごとすぎるように思います。日本人同士でも、分かり合えないときがいくらでもあります。幸せかどうかは人それぞれの世界・人生の捉え方だと思います…。なんだか自分がきれい事を言ってしまっているみたいなんですが、本当にそう思います。「ああ、疲れた」なんて溜息をつくことや、「お金がないで困ったなあ」と愚痴をこぼすこともあります。でも、実際には、日本で暮らす私たちはものすごく恵まれていますよね。99%の識字率を見れば一目瞭然です。高校進学率がなんと97%です。僕の国、ブラジルの詳しい数値はわかりませんが、読み書きできない人はいくらでもいます。また、本当に疲れているのは、安い賃金で工事現場で働く若者たちであり、大学で勉強できる(幸せな)僕たちではありません。お金がなくて困っているのは、派遣切りでクビになったた家族持ちの父親達であり、ファミレスで外食できるぼくたちではありません。
 長くなりましたが、要するに言いたいことは、足りないのは「理解」ではなくて「思いやり」だと思うということです。国籍に関係なく、人と人がお互いに優しくあること。地下鉄で立っている年寄りの方を見かけたら席を譲る、といった日常的なことからでも始められる「優しさ」が、足りていないのだと思います。「お母さん、ご飯ありがとう」、「父さん、働いてくれてありがとう」、「先生、教えてくれてありがとう」、「ねえ、いつも友達でいてくれてありがとう」。このような気遣いがあれば、誰もが幸せになれます。

最後に将来の夢について教えて下さい。

 僕自身が日本に来た時の経験を生かして、思いを伝えたいと思っています。今、愛知県立大学の外国語学部で主に英語を学んでいます。愛知県にはたくさんのブラジル人の子どもがいますので、私は中学校の英語に先生になり、たくさんの子どもに「思いやり」を伝えたいですし、たくさんの外国籍の子どもに進学を勧めて、是非高校や大学まで進んでいってほしいです。この素晴らしい国、日本の社会をより発展させつつ、自分たちも幸せに生活できる様にサポートしたいと思っています。人と人がお互いに認め合い、思いやることで、教育現場、職場、社会全体がそれぞれの人の「居場所」になりえると信じています。少しでもこのことを肌で感じてもらえる教育を実現できたら、最高だと思います。


○地域の多文化共生で大切なのは理解よりもまず「思いやり」。ありがとうの気持ちを忘れずに生きていれば幸せになれるという言葉が、とても心に残りました。日々忙しく時間が流れる日本社会で忘れがちになっていたことかもしません。ロドリゴさん、ありがとうございました。

★ロドリゴさんの活動のお話を直接聞けるイベントをJICA中部で開催します★
ドキュメンタリー映画「ブラジルから来たおじいちゃん」上映会&トークショー
日時:6月20日(土)13:30〜16:00 入場無料(要予約)

*映画上映後、栗原監督とロドリゴさんのトークショーを通じて日系人や移住の歴史に理解を深めていただきます。トークショーの進行役は元青年海外協力隊で現在日系人支援に携わる奥田桐子さんです。みんなで地域の多文化共生について考えてみましょう!この機会をお見逃しなく!!

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ロドリゴさん(左)と弟のアンドレさん(右)

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