世界を元気にした人は、日本も元気にできる! 過疎が進む山間地域を協力隊パワーで活性化!

【画像】小林 浩樹さん 青年海外協力隊OB(パナマ・農業協同組合)

山間地域活性化プロデューサー/大久保グラススキー場指導員
小林 浩樹さん 青年海外協力隊OB(パナマ・農業協同組合)

青年海外協力隊としてパナマで活躍、帰国後は出身地である静岡県藤枝市の山間地域を元気にするプロデューサーとして活躍する小林浩樹さんにお話をお伺います。(なお、小林さんは2月14日に静岡で開催される国際協力トークイベント『日本も元気にする海外ボランティアin中部』にパネリストとして登場されます。)(聞き手:市民参加協力課 前納)

小林さんは国際協力に関心を持って青年海外協力隊や参加されたわけですが、はじめのきっかけは何だったんでしょうか。

海外研修に参加した時、NGOで活動する女性が、「日本の男性は自立していない。」と発言していたんです。家に帰れば、妻や母親に「メシ、カネ、フロ……」など、全て女性まかせ。仕事においても、マニュアル通りのことをこなすだけ。その時、私自身も自立していなかったし、現代の日本社会も過去の社会的遺産によって機能しているように感じました。私が勤めていた農協団体も明治時代に組織され、農業の発展に寄与してきました。
私が勉強した明治時代や戦後の躍動感が、(海外)研修先のタイやベトナムにありました。農協の原点や地域経済の原点を体験し、途上国の人達と組織を作り上げることで、新たな発見があり、それによって成長できるんだ、と思うようになりました。そして青年海外協力隊に「農業協同組合」という職種があることを知り、私が希望するような活動ができると思って志望しました。

任国のパナマでは、実際にどのような活動をされていたんですか。

先住民族の自治区で、農業協同組合の育成指導を担当していました。日本の農協の啓蒙活動を取り入れ広報やカレンダーを配布したり、生産物を農協で預かり販売する委託販売事業のシステム作りをしました。またスポーツ大会や民芸品の品評会を開催し青年部女性部の活動強化などにも取り組みました。

パナマで苦労されたこと、嬉しかったことをそれぞれ教えてください。

語学の習得は大変苦労しました。多分、同期の(協力隊員の)中でも現地語のスペイン語ができなかった方だと思います。ただ先住民の方々とのコミュニケーションは、すごくよくとれていました。なぜかというと、先住民の人達もスペイン語があまり出来ず、お互いに一所懸命伝え、一生懸命聞こうとしたことで、気持ちが通じ合えたからだと思います。とにかく、約束が約束でなかったり、お金と物に対する価値観が違ったりと、活動の9割以上は苦労していたと思いますが、1割の達成感や喜びのために頑張れたと思います。10年前の活動を今振り返ると、当時の苦労はまったく思い出せずに、喜びと充実感だけが思い出として残っています。

協力隊としての経験から、何を学んだと思われますか。また、一番印象的だったことを教えてください。

物(について)だけの情報発信だけでは、物は売れないということです。物を作っている場所、作っている人達のことや文化も伝えなければいけないということを肌で感じました。だから、地域振興の近道は、その地域のことを知ってもらうことが一番大切だと思っています。
また、日本では失われつつある家族内での役割が先住民自治区では残っていました。長男は親の畑仕事を手伝い、二男は水汲み、三男は薪拾い、長女は家事の手伝い、次女は妹達の世話など、家族の中にそれぞれの役割があり、1人でも休んだら朝ご飯が食べられません。日本では生きている意味や社会での役割などが感じられない場面があり、ニートなど社会現象も生まれていますが、社会の最小単位である「家族の機能」をパナマで改めて感じることができました。

帰国されてからは、山間地域活性化プロデューサーとしてさまざまな活動をされていますね。詳しくお話いただけますか。

協力隊に参加する前から、芝や悪路を滑走するマウンテンボードに取り組んでいましたが、帰国した時にはバブルがはじけて、滑走できるコースはほとんど残っていませんでした。そんな中、私の地元にある大久保グラススキー場は営業を続けていたんです。プロボーダーの仲間たちと滑走できるコースを守るために、体験スクールや大会を開催したりと、グラススキー場を応援してきました。するとお客さんが少しずつ増えてきたので、隣接するキャンプ場でも「イベント開催して集客できないか」と地元の人達から相談があり、パナマのお祭りの時に耳にしていたアンデス音楽フォルクローレのフェスティバルを企画して、成功することができました。
このような活動を続けるうち、大久保地区の住民から、施設への誘客方法の相談が増え、地域振興につながるプログラムを企画するようになりました。そして2007年、大久保グラススキー場とキャンプ場を運営する大久保振興会と、雇用契約を結び、施設の魅力を伝え集客を図ることを考えました。そこで、ひとつの施設(点)のみからの情報発信に弱さを感じたため、藤枝市山間部の「瀬戸谷」地区で販売している名物椎茸を使ったコロッケを中心に、地域全体(面)で情報発信したらどうか、と思い立ち「せとやコロッケの会」を設立しました。瀬戸谷のコロッケを売るのではなく、コロッケのある瀬戸谷を売ることをコンセプトに、設立2年目には瀬戸谷地区の話題が年間100件以上も報道機関で取り上げられ、コミュニティー・セールスの成果が地区に表れてきました。また情報の広がりから、地域間、産業間とのつながりができ、「茶畑の中心で愛をさけぶ」など全国に報道されるイベントもプロデュースし、地域振興に貢献できるようになってきたんです。

そんな大活躍の小林さんですが、現在のお仕事にJICAボランティアの経験がどのように活かされていると思われますか。

途上国では日本で考えていた状況でないことが多く、現場で状況を把握し考え行動しなければいけません。今、私は協力隊の経験で得た「行動しながら改善・修正できる」ということを実践していると思います。そして地域おこしには、「ばか者・わか者・よそ者が必要だ」とよく言われていますが、まさに世界における協力隊のことだと思います(笑)。

なるほど(笑)。おもしろい視点ですね。それでは最後に、今後の展望について教えてください。

現在、基幹産業である農業や林業が衰退し、就労の場として山間部は厳しい状況です。将来この地域の子どもたちが山間地域で働ける環境を整え、生活できる基盤をつくることをめざしています。

これからJICAボランティアに参加を考えている方へのメッセージをお願いします。

興味を持ったら行動すること。行動したことは、成功しても失敗しても、自分を成長させます。自分の成長は人に伝えることができます。是非、途上国でアクションをおこしてください。

こちらまで元気になる貴重なお話、ありがとうございました!

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パナマ

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グラススキー場

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グラススキーの指導

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フォルクローレにあわせて踊る参加者(山の音楽祭)

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地域振興イベント「山の音楽祭」の様子

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地域振興イベント「プロポーズ大作戦:茶畑の中心で愛を叫ぶ」の様子1

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地域振興イベント「プロポーズ大作戦:茶畑の中心で愛を叫ぶ」の様子2