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青年海外協力隊の手がけるフェアトレード・商品を扱うオンライン・ショップを設立!「製作者が労働に見合った対価をもらい、購入者が長く商品を使い続けてくれることが当たり前になれば……」

【画像】石田 純子さん

青年海外協力隊員OG(国:マラウィ、職種:コンピューター技師) オンライン・フェアトレードショップ『キリンの夢』主宰
石田 純子さん

青年海外協力隊としてコンピューター技術の先生として活躍、帰国後もIT関連企業でお仕事を続ける傍ら、ネット販売のフェアトレードショップ「キリンの夢」を運営されている静岡県在住の石田純子さんにお話を伺います。
(聞き手:静岡県国際協力推進員 鈴木知恵)

もともと石田さんが国際協力に関心を持ったきっかけは何だったんですか。

 小学校の時、社会のテストで「青年海外協力隊」と書くべきところを「海外青年協力隊」と書いて、社会の先生に職員室に呼び出されてお説教をもらったことが、青年海外協力隊との出会いでした(笑)。その時、『そこまで怒られることなのか…。』と子供心に疑問に思いました。それ以降全く「青年海外協力隊」も「国際協力」とも無縁の生活を送りながら、20代前半を仕事で認められるというのが、自分の世界の全てでした。
 26歳になったある日、ハッとして、「自分の世界はなんて狭いのだろう」と思い、「こうなったら海外に出て全く知らない国で自分の限界を見るしかない」という結論にいきあたりました。
 そして、奇しくもその結論に行きあたった丁度その頃、たまたますれ違った易者に呼び止められました。全く唐突に。「あなたには海外に出る相が顔に出ております。あまりにも強いので声をかけずにはいられませんでした」。
 もうこんな事を言われたら、誰が行かずにはいられましょう。幸いにも6年間パソコン漬けの毎日を送っていたので、受ける職種には困りませんでした。ただしその頃は、「PCインストラクター」という職種がなかったので、SE(システム・エンンジニア)さんが受ける筆記試験をパスしなければならず(私はデザイナーなのでちょっと畑が違うのです)、そこは大変苦労しました。
 実際に現地に行ってみると、何もかもが初めてのことばかり。毎日が楽しくてしかたありませんでした。やっぱりあの易者は正しかった…。

運命的な出会いですよね(笑)。任国であるマラウイではどんな活動をされたんですか?

 マラウイには国立の「テクニカルカレッジ」(日本語でいうと「職業訓練校」)があります。主に「セカンダリスクール(日本でいう中学校と高校を足して2で割ったようなもの)」を卒業した生徒が通う高等教育機関です。そこには、自動車整備科・秘書科・経理科・溶接科などさまざまな学科があります。私はその中でも特にパソコンの知識が必要であろうという秘書課に表計算ソフトやワープロソフトの使い方を教えていました。結局、最終的には全学科の生徒に教えておりましたが。
 みんな初めはマウスを持つのも初めて。キーボードを打つのもおそるおそる。そんな生徒たちの成長はほんとうに著しく、毎日が楽しかったです。また学校自体が湖に面していましたので景色が最高でした。しかし湖があるということはそれだけ標高が低いということ、マラウイでも屈指の気温と湿度の高い場所でしたので機材の故障が日頃の悩みでした。
 先生隊員の特権、ターム休み(日本でいう夏休みや春休み冬休み)には、マラウイ国内に点在している同期隊員の家を訪問してまわりました。任地によって、全く違う気候・風景・人柄。配属先も千差万別、みんなの配属先訪問もひとつの楽しみでした。

隊員時代に最も苦労したこと、印象的だったことを教えてください。

他の隊員の方の悩みでよく聞くのが「必要とされていないと感じる」などですが、幸い私は先生としての赴任。赴任したその日から授業を割り当てられておりました。おまけに赴任当時、国全体でITを促進させようと盛り上がっているITブームの最中。のんびり〜まったり〜な生活を想像していたのに、連日パソコンを習いたいという生徒が殺到し、「こんなに忙しいの!?」とびっくりしたくらいです。といっても日本の生活に比べれば、どんなことでも苦労というほどではなかったです。
 最近久しぶりに教え子からEメールが届きました。なんでも職場でパソコンを使っているとのこと。マラウイでオフィスワークにつけるのは、本当に一部の人です。秘書課で2年みっちり勉強しても、実際にその後オフィスで働けるのはほんの一握りの生徒です。オフィスワークにつける喜びをその子は語っていました。

エイズ予防啓発ソング「ディマクコンダ」を制作し、マラウィのヒットチャート1位を獲得した隊員「山田耕平さん」のCDのジャケットを制作したそうですね。

 山田耕平さんはマラウイでCDデビューしてしまった隊員です。私は赴任した時、ちょうど彼は歌のレコーディングをするかしないかという頃でした。「歌」を使ってみんなにエイズの恐ろしさ、愛することの尊さを伝えたい!とおっしゃっていました。自分のすべきことに向かってエネルギッシュに活動する山田さんを見て、当時赴任したてだった私は隊員というのはこんなふうにパワーみなぎり、みんなを巻き込んでひとつのものを作っていくんだな、と感心したものです。

帰国後、浜松で多文化共生教材作成のプロジェクトメンバーとして活躍されたそうですが、その活動について詳しく教えてください。

 マラウイから帰国後、浜松市にちょうどJICAデスクができました。当時静岡県には静岡市に一名、国際協力推進員の方がいるのみでしたので、浜松に拠点ができたことで、様々なお誘いをいただくことができました。協力隊OB、OGの方が集まって自国の料理を作りあう「多国籍料理の会」でしたり、当時キリンの夢を立ち上げたいと思っていたところで、「イベントで雑貨を売ってみないか?」と声を掛けていただいたり本当にお世話になりました。そんな中で、浜松国際交流協会と協力して多文化共生教材を作成するんだというお話を伺いました。
 「ブラジル移民100周年」を記念し、当時の日本人はどんな思いで、ブラジルへ旅立って行ったのか。現在浜松にたくさんいる日系ブラジル人たちのルーツをわかりやすくアニメで紹介したいとのことでした。アニメーションも手作り、声もプロジェクトに参加されている先生の同僚や教え子さんということで本当にすべて自分たちで作りました。自分の力不足を大いに実感した作品でしたが…。でもやっていてほんとうに楽しかったです。声を掛けていただいた当時の浜松デスクの大石さんには感謝感謝です。たくさんの方の思いが詰まった、この愛すべきアニメが少しでも授業で使われて、日系ブラジル人のルーツを知るひとつのきっかけになればよいなと思っております。

帰国後、お仕事をしながら、「キリンの夢」を運営することになったきっかけはなんですか。(命名の意味はなんですか?)

 いちばん初めのきっかけは、マラウイにまだいる頃。孤児院やNGOに配属されている隊員たちのひとつの悩みは資金不足。そこで彼らは配属先で布製品やビーズ製品を作って売り、その売り上げで配属先の運営費を賄い、ひいてはそれで皆が生計を立てられるようにと、さまざまな試行錯誤を繰り返しておりました。それをインカム・ジェネレーション・アクティビティ(IGA)と呼んでいます。そんなIGAで作ったバッグを見て、アフリカの布の鮮やかさとバッグのデザインが非常にマッチしていまして、すごくかわいかったんです。「これは日本で売れるよね!」「 でも、日本で売るとなると送料がかかる…。」「お店を出すにしても維持費がかかりすぎるし初期投資だって…。」「ならばネットショップがいいのでは!?」と仲間と盛り上がったことがきっかけでした。
 その時は、それで話は終わったのですが、帰国後どうしてもその時の計画が心に残り、ちょうどその時地元の信用金庫が募集していた「ビジネスアイディアコンテスト」にせっかくだからと企画をまとめがてら出してみることにしました。賞金の100万円も非常に魅力的でしたし(笑)。そのコンテストは、なかなか良いところまで行ったのですが、結局はやはり持続性・発展性が難しいだろうということでダメでしたが、おかげさまで大分アイディアも練れて「やりたいこと」と「やれること」が見えてきました。
 お店の名前は凄く悩みました。元となっているのは谷川俊太郎さんの「朝のリレー」という詩です。『世界は朝をリレーしながら渡していくことで、地球を常に見守っている』小学校の時に教科書でこの詩と出会い、そのころからすごく好きな詩からいただきました。

このフェアトレードショップは今後どのような展開を考えていますか?

 まずは継続すること。それがなにより一番の目標です。キリンの夢で扱っている商品はすべて協力隊がなんらかの形で関わっているものばかりです。お店を立ち上げるにあたり、広尾のJICA地球ひろばにも行ってきました。そこに行くと過去の隊員の方の報告書が全部読めます。そこでみなさんの報告書を読みますと、この商品ができるまでの苦労や思いが詰まっていることがよくわかるんです。商品ひとつひとつに詰まっている思いを少しでもホームページ上で表現できればよいなと、日々考えています。本当に一日が48時間あればどれほどよいでしょう。
 フェアトレードショップは手づくりの品が多く、薄利多売は向いておりません。そのため、ショップ運営も本当に一苦労です。制作者が労働に見合った対価をもらうことができ、買ったお客様も長く商品を使い続けてくれる、そんなことがいつか当たり前のことになれば、どんなに良いことでしょう。こんな厳しい状況の中でもここまでこられたのは、ひとえに仲間・友達・家族の協力と応援のおかげです。その応援に一秒でも長く応え続けられるように今後も頑張りたいと思います!

これからも頑張ってください!どうもありがとうございました。

 

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パソコン指導中

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パソコンの仕組みを解説中

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山田耕平 ディマクコンダ ジャケット

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生徒たち

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学校の門

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キリンの夢 出店の様子1

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キリンの夢 出店の様子2