“当たり前”が幸せであるというメッセージを、社会や人々に伝えたい

【画像】石井 範子さん   愛知県半田市出身

社団法人青年海外協力協会中部支部長
石井 範子さん   愛知県半田市出身

開発途上国の人々のために自分のもつ技術や経験を活かし活動してきた青年海外協力隊のOB、OGを中心に組織されている「社団法人青年海外協力協会(以下JOCA)」は、2008年7月ここ名古屋に「JOCA中部支部」を開設しました。
JOCA中部支部はJICAボランティア事業などのJICA事業支援にも協力いただいています。今回はJOCA中部支部の取り組みや今後の目標などお話をお伺いします。
(聞き手:JICA愛知デスク国際協力推進員 佐藤江梨子)

石井さん、本日はどうぞよろしくお願いします。

こちらこそ、宜しくお願いします。普段からお会いしている佐藤さんからインタビューされるのは新鮮な感じがします。

JOCAは青年海外協力隊OB・OGを中心とした社団法人とのことですが、石井さんはどちらの国でどのような活動をなされていたのですか?

 かれこれ30年近く前になるのですが、青年海外協力隊時代の活動は鮮明に覚えています。1983年7月から2年間、入植地の幼稚園で先生方を指導するという要請内容でした。実際には、子どもたちとの遊びを通して、マレーシアの先生方に「遊びから学ぶ」ことの大切さを示しました。1年が過ぎたころには7つの幼稚園で勉強会を開いていました。
 「入植地」とは、マレーシア国の政策でジャングルを切り開き、ゴム、パームオイルを植えた土地です。そのため町から離れ、主幹道路からも離れて公共交通手段もなく、大変不便な場所にありました。住居では電気と水道は夜しか使えず、電話もなく、暮らし始めた頃は、「とんでもない所にきてしまった。2年間大丈夫かな?」と不安な気持ちで一杯でした。また、家族と離れて初めての生活でもあり、限られた食材と一つしかないケロシンストーブでの慣れない自炊にもまいりました。
 今でも「国際協力として何ができたかな?」と考えます。私がマレーシアの人々に残せたものは、「入植地の人と同じ物を食べ、生活し、共に仕事をした」そんな日本人がいたという思い出だけかもしれません。一緒にすごした子どもたちも今は33歳です。彼らが自分の子どもに「食事の前には手洗い、ごみはゴミ箱へ、食後は歯磨き」といつも言っていた日本人cikgu(先生)がいたことを語ってくれていたらうれしいですね。
 自分自身が未熟で国際協力は何もできず、反対にマレーシアの人々に助けてもらうことが多かった協力隊活動でした。本当に小さな国際交流でした。

マレーシアの人々との暮らしは協力隊ならではの貴重な経験ですね。その後はどのようにしてJOCA中部の支部長として赴任されることになったのですか?

 私は、帰国後、偶然にも隊員派遣前に勤務していた幼稚園に戻ることができました。しかし、当初は隊員で行く前と同じだと思っていましたが、同じ職場に戻り、同じような環境の中で働き、生活をしていく中で、日本の幼児教育の現場とマレーシアの現場の違いが大きく、日本の現場の感覚になかなか戻れませんでした。
 衛生観念、病気・怪我に対する判断、同僚との協働など、感覚のずれが出ていました。このままでは子どもたちにも自分にも良くないと思い一年で幼稚園を辞めてしまいました。進路は特に決まっておらず、辞めてからゆっくり考えるつもりでしたが、もちろん国際協力の道を模索していました。
そんなある日、青年海外協力隊の派遣前訓練※1でマレー語を教えていたハムザ先生から「短期間だがマレー語の先生を募集している。」と教えていただき3ヵ月、派遣前訓練で語学講師。その後、縁あって再びマレーシアへ戻り、こんどは赴任中の青年海外協力隊の活動をサポートする青年海外協力隊調整員(現在は企画調査員(ボランティア) ※2)をしました。
 マレーシアの後は、インドネシア、ガーナ、マーシャル諸島の4ヶ国で調整員をしてきました。調整員の仕事を始めたきかっけは、私が青年海外協力隊時代の調整員、所長のサポートのおかげで未熟な私が青年海外協力隊の活動を最後までやりとおすことができたという経験があったからです。その間、青年海外協力隊、シニア海外ボランティアが派遣前訓練を行う、福島県にある二本松訓練所で2回、約6年間勤務しました。
 調整員を重ねていくうちに「人づくり、国づくり」をするJICAの青年海外協力隊事業のすばらしさにどんどん魅かれ、また、この事業に自ら応募し、2年間開発途上国で国際協力をする人たちの人間的な成長はすばらしく、その過程に携わることがやりがいとなってきました。特に高い専門性もない私がやれる国際協力は、現場でがんばる隊員を支えることだと考えるようになりました。こんな黒子の国際協力もあるのかなと思います。
 マーシャル諸島での4回目の調整員後、二度目の二本松訓練所で勤務している時でした。所属先である青年海外協力協会が4つ目の支部として、ここ名古屋に中部支部を開設することとなり、愛知出身の私が支部長に任命されました。
 青年海外協力隊の派遣前(訓練所業務)、派遣中(調整員)、そして、今、中部支部で派遣後の帰国隊員達と地元との関わりが始まりました。

JOCA中部支部開設し約2年が過ぎますがここ中部地域の国際協力・交流についてどのような印象を感じましたか?

 JOCA中部支部1年目は協力隊応募促進事業としてJOCAが独自で実施した、地元の協力隊OB・OGとともに全国自治体他を訪問した「キャラバン隊」でした。
 キャラバン隊を実施し胸に強く残っている言葉があります。それは多くの市長さんから「誰が地元に住んでいるのか、どんなことをしているのか分からない。」「協力隊で赴任するときには表敬があるが、帰国後にはなく、帰国隊員がどんな活動をして、何をしているのか情報がない。」と言われたことでした。一方、このキャラバン隊は地元に住む協力隊OB会を中心に、全国津々浦々に根を張っている帰国隊員の協力がありました。多くの帰国隊員が「地元での活動であれば協力できます。」とキャラバン隊に協力くださいました。ここでも、「帰国後自分の仕事、家族、生活に一生懸命でした。余裕が出来た今、自分の協力隊経験を生かし、地元で何かあればいつでもお手伝いします。」との声が聞かれました。
 そんな声をどうにかできないかと、JOCAは帰国隊員と地元自治体を結ぶ手段としてJOCAコミュニティサイトを立ち上げたのです。2年目はこのコミュニティサイトをみていただけるよう各自治体にエリアサポーター登録(各自治体代表メールアドレスの登録)を推し進めました。

 地元に戻り、2年間を過ごしで感じたことは、ここ中部地域は、国際協力・交流だけでなく、多文化共生が大きなテーマであると感じました。多文化共生推進も帰国隊員が係わっていける事業だと思います。

 この多文化共生事業も含め、3年目の今年は、地域のイベントに地域に根を張る帰国隊員とともに、積極的に協力していきたいと思っております。また
新帰国隊員の自治体帰国表敬を地元OBの同行のもとに実施していければと思います。日常の中で、やれるところから開始し、継続する。継続こそ難しいことであり、そして力となることなのですから、根気強く実施していきたいと思います。

最後にJOCA中部支部の今後の目標について教えてください。

 協力隊に参加した時の熱い気持ち、そして、協力隊経験で知った任国の人々の純粋さそして、“当たり前”が幸せであるというメッセージを、社会や人々に伝えていくことから始めていきたいです。
 また、大きな目標ですが、日本が抱える問題、高齢化、少子化、ひきこもり、いじめ、核家族、虐待などみんなで取り組み、地元を元気にし、日本を元気にする、そんな活動を帰国隊員と共に、やれるところから少しずつできればと思います。その為に中部支部として次の3点を実施していきたいです。

(1)現在ある職種、派遣国、隊次、県、地区などさまざまなネットワークの輪を大きくつなげられるようにする。また、地元に根付いている帰国隊員ひとりひとりと現在あるネットワークを繋ぐ。
(2)多くの方に協力隊に興味を持っていただき、参加していただけるよう経験者集団として応募促進を行う。
(3)協力隊ネットワークに加え、NGO、NPO、自治体、市民とのネットワークを広げる。

青年海外協力隊の活動が開発途上国での2年間にとどまらず、帰国後は日本社会も元気にしていくことにつながっていくというのは本当にたのもしいですね。本日はお忙しい中どうもありがとうございました!

 協力隊事業は今年で45年になります。私も協力隊事業にかかわり四半世紀が過ぎました。こうして自分の経験や思いを語り継ぐこともこの年齢になった自分の役割かなと思うこのごろです。協力隊を語る場を提供くださってありがとうございました。

※1派遣前訓練
ICAボランティア合格者を対象に語学をはじめ海外協力活動を行うための必要な知識を学び、能力と資質を養うことを目的に行う訓練。

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