お茶にしましょう!

【画像】今井 奈保子さん

フェアトレードショップ 「Teebom」主宰/青年海外協力隊OG 05-2次隊(スリランカ 村落開発普及員)
今井 奈保子さん

青年海外協力隊で村落開発普及員として活動後も、20年間に渡って海外でご活躍。昨年に帰国し、静岡市中心街に構えるフェアトレードショップ「Teebom」を運営されている今井奈保子さんにお話をお伺いします。
               (聞き手:静岡県国際協力推進員 鈴木 知恵)

今井さんが、国際協力に関心を持ったきっかけは何だったんでしょうか。

電車の中で目に留まったJICAボランティア募集のポスター。なんとなく気になり、特に強い動機もないまま、技術のない私でも何かできることがあるかと模索を始めたのは元職場のNTTに入社して5年目でした。なぜ協力隊に行ってみたいと思ったのかは、自分自身でも未だにはっきりとはわかりませんが、なぜか「あっ、これだ!」と思ったのです。NTTではボランティア休暇を取得して参加できると知り、「協力隊に参加したいのですが・・・」と唐突に切り出してしまいました。事務所での仕事は深夜に及ぶこともしばしある非常に繁忙している部署であったにも関わらず、上司、先輩、同僚みんなが快く送り出してくれました。

スリランカでの活動について教えてください。

スリランカの村での生活はとても快適で充実しており、村落開発普及員という自由な職種であったことから、現地ニーズに合った“Small Income Generation Project”を立ち上げ、村の青年たちと電柱を建てる工事を請け負ったり、家庭婦人や未就職の若い女性たちを対象にパッチワーク教室を開いたり、パッチワーク作品を商品化し首都に売りに行ったり・・・とさまざまな活動を村人たちと一緒になって行いました。特にパッチワークの商品化はとても成果が上がり、村の女性たちは、家の窓にガラスを入れたり(これまでは木で開け閉めをしていたので閉めると部屋の中が真っ暗になっていたのです)床を土からコンクリートにしたり、自ら稼いだお金を有益に使って、自信にあふれていました。

【関連写真1)〜4)】
3)の写真は、私にきれいに縫うようやり直しを命じられ、泣きながら作ったことも・・・
でも写真撮影では皆胸を張って、うれしそうです。

隊員時代に最も苦労したこと、印象的だったことを教えてください。

2週間に一度商品を卸しに村からコロンボまで行商に通っていたのですが、半年ほど経ったある日、私たちの商品を買い入れてくれていた商店の店主からたった一言「もういらないよ」と言われ、状況は一転してしまいました。あまりに突然だったので、茫然としている私に村のお母さんが言いました。

「ミス(私のこと)、見てごらん。お店の中にあるものは皆私たちが作ったもののコピーだよ」

「えええええ〜〜〜!!!!!!」

私も店の中を見てみると、これまで私たちが作ったものと、とても似た商品がずらーっと大量にディスプレイされていました・・・違うのはパッチワークのキルトの部分。そのお店で作った物はミシン縫いでした。私たちに資本金などなく、自分たちの周りにあるものだけで商品を作っていましたので、とても大量生産はできませんでした。さらに、価値観の違いからかスリランカでは手縫いよりもミシンなどで作ったものが高く売れましたので、私たちの商品は売れなくなってしまいました。落ち込む私に村のお母さんたちは「また、新しいのを作ればいいさ。真似できないようなものをね!」と言ってくれました。

隊員活動終了後は何をしていましたか?

私は現職参加でしたので、活動終了後は務めていたNTTに復職しましたが、NTTでスリランカテレコムの民営化プロジェクトのメンバーとして再びスリランカに滞在。青年海外協力隊で2年間、NTTの仕事で、約2年8か月、そのあとIT関連の仕事を約5年半、合計10年間、スリランカに滞在しましたが、フェアトレードには気づきませんでした。
心の中に村のお母さんたちのことがなんとなくですが、くすぶっていて、仕事を辞め、オーストラリアのシドニー大学大学院に留学しました。フェアトレードを含む社会企業について学ぶためです。2年間の留学中、フェアトレードについて、さまざま学ぶことができました。また、南北問題の北に属する国でフェアトレードがどのように認識されて人々の生活の中に入り込んでいるのかを垣間見ることができました。

【関連写真5)〜7)】
5)の写真は、スリランカテレコムの本社前で、社長はじめNTTの派遣メンバーといっしょに記念撮影。日本人だけでこのように集まって記念撮影をしたのは後にも先にもこの1回。
6)の写真は、爆弾テロに遭遇し物々しい警戒の中仕事をしていましたが、この時に多くの貴重な経験をさせていただきました。

帰国後、フェアトレードショップ「Teebom」を運営することになったきっかけはなんですか。

スリランカでは同じ国の中で、同じ言葉を話すのに、差別があります。南南問題です。フェアトレードはそもそも南北問題から端を発して起こったMovement(活動)ですが、実は、南の国の中でも同様のことがあります。
当時は日本人の私が村のお母さんたちといっしょに活動していたので、よい条件で商品を買ってもらったり、店主と対等に交渉できていたのです。でも、私がいなくなったら状況が一変し・・・「買いたたき」がありました。
その時の私はまだフェアトレードを知らず、村のお母さんたちが作ったものを私が買い取り、知人たちにあげたり、買ってもらっていました。結局、根本的な問題解決をすることができず、村のお母さんたちの「行商」は終わってしまいました。この根本的な解決策を考え、ようやくフェアトレードにたどり着きました。

ショップ名のTeebomは「テーボム」と読むのですが、これはスリランカで使われているシンハラ語で「お茶にしましょう」と言う意味の言葉です。スリランカの人たちが頻繁に使う言葉で、私もよく使いました。10年も滞在した国ですから、お店の名前に使わせていただき、お客様が気軽にお茶でもしながら買い物をしていただけるお店にしようと思い、命名しました。

このフェアトレードショップは今後どのような展開を考えていますか?

日本は、北に属する国の中で国民一人当たりがフェアトレードに費やすお金が最も小さい国です。フェアトレードという言葉の認知度もまだまだ低くいのが現状です。欧米と同じような手法ではフェアトレードは日本には定着することは難しいと理解しています。また、日本国内のフェアトレード小売店の平均寿命は2年程度というデータもあります。焦らず、時間をかけて、じっくりフェアトレードについて知っていただけるように情報を発信していこうと思います。また、まだまだ日本に紹介されていないフェアトレード生産者、フェアトレード商品がたくさんあります。フェアトレードの原点である、生産者と直接取引をすることで、生産者とTeebomが協力して商品開発をし、ユニーク性も追求していこうと思っています。

最後にメッセージをお願い致します。

静岡市に戻り、私がスリランカでよく泳ぎに行ったプールで仕事をしていたサジットさんと偶然再会しました。サジットさんは当時スリランカでJICAボランティアの水泳隊員から指導を受けていたこともあり、私が下宿していた家にも遊びに来たことがありました。昨年夏にあった静岡市のイベントで18年ぶりに再会!驚きました。今では毎週サジットさんカレーをいただいています。
私は、昨年静岡に戻るまでの約20年間日本を離れ、サジットさんは、スリランカを離れ、日本に暮らし18年。その間、全くコンタクトはなかったのですが、この再会は、必然のように感じますね!サジットさんは静岡では有名人。彼は、震災直後、多くの外国人が日本を離れていく中、「こんなにお世話になっている日本人を残して、日本を去ることなんてできない」と言っていました。私はこれまで外国人として海外で頑張ってきましたが、これからは地元に根付いて息の長いビジネスができるように、日本で頑張っているサジットさんからいいエネルギーや刺激をたくさんもらって頑張っていきたいと思っています。

ありがとうございました!

 

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1)行商に行く日の朝。下宿先の人と商品を見ているところ。

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2)店に持っていき、価格交渉!

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3)パッチワークのクラスで作った作品を並べて記念撮影。

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4)村を去る日。感謝状とプレゼントをいただきました。感極まり皆号泣でした。

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5)右から2番目が私

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6)ボードルームでの記念撮影。

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7)シドニー大学大学院の卒業式の写真です。2010年1月