中部から被災地へ、そして世界へ!ワールド・コラボ・フェスタ2011開幕!

【画像】稲葉 哲朗(いなば てつろう)さん

公益財団法人名古屋国際センター交流協力課主査、「ワールド・コラボ・フェスタ実行委員会」事務局 豊橋市出身
稲葉 哲朗(いなば てつろう)さん

【自己紹介】

 名古屋国際センターは本年4月から公益財団法人となりましたが、この交流協力課で交流協力担当主査をしております稲葉と申します。愛知県豊橋市に生まれ、高校まで豊橋で過ごし、大学は東京へ出て、卒業後、再び豊橋に戻り、社会人生活を送っております。

【現在のお仕事を選ばれるきっかけは何だったのでしょう?】

 実は中学時代は大のプロレス狂で、本場アメリカに憧れておりまして、英語が好きに
なり、高校生になるとアメリカのプロレス雑誌を買い、写真とともに文字を眺めたり、
プロレス技の名前を英語で覚えたりしていました。また、ロックが好きで、英語で歌詞
を覚える毎日でした。大学進学については、高校2年までは理系を考えておりましたが、
当時は1970年代後半で、日本経済の国際化が進み、大学では国際関係とか英語を学
んだ方が良いのではないかと考え、高校3年になる際に文系に進み、大学では英米文学
を専攻しました。
就職については、大学4年になっても「就職しないで生きるには?」というような本
を読んだりして、大学卒業したら会社に入るというよな「レールを敷かれた人生」に反
発も感じていました。そして、いよいよ10月に入り、会社訪問が解禁になり、内定を
得るものが周りに現れ始めると、多少の不安もあり、大学院にも行きたかったのですが、父親が定年間近で長男でもあることから、とりあえず名古屋に本社のある企業を訪問したりして、最終的に名古屋の洋食器会社に就職しました。
 配属は食器の輸出を担当する部署になり、それなりに充実した毎日でしたが、頻繁に海外に出かけるわけでもなく、貿易実務や内部の生産手配などが主な仕事で、もう少し人と接することの多い仕事もいいなと思ったりもしていました。結局、3年弱でその会社は辞めましたが、その頃、市民運動で知り合った友人の知人がたまたま名古屋国際センターで臨時職員をしており、近く辞めることになっているので、その後任はどうかと打診され、名古屋国際センターに勤めることになりました。昭和62年のことです。

【交流協力課のお仕事について簡単に紹介いただけますか?】

 交流協力課は大きく交流協力担当と多文化共生担当とに分かれており、私は交流協力を担当しております。名古屋国際センターの経営基本方針においては、センターの役割・使命として、大きく2つの事業の方向性が謳われており、一つは「地域における多文化共生の促進」、もう一つは「地球市民としての意識の醸成と活動の促進」となっており、交流協力担当は主に後者を担っていると言うこともできると思います。
 具体的な事業としましては、当地域在住の外国人を学校や団体に派遣して日本語で母国事情を紹介する「NIC地球市民教室」や国際理解や地球市民意識を高め、行動につなげるためのワークショップやセミナー、ホームステイの受け入れなどの人物交流、市民から寄せられた書き損じはがきを資金源に途上国の教育環境を整備する国際協力活動である世界寺子屋運動などがあります。

【お仕事をされていて難しいと感じたこと、嬉しかったことについて教えていただけますか?】

 自分自身について言えば、「商品」ではなく「作品」を創ってしまうタイプで、多くの人々に受け入れられる事業を企画しなくては…と常に心しております。難しいと感じたことと言えば、やはり先進的な事業テーマを設定するにしても時代を一歩出てしまうと関心を呼ばないこともあり、半歩進んだテーマ設定にしないと受け入れられない場合があることや人々の関心が多様化する中、広報においては一般広報も大切ですが、関心のある人のところへ必要な情報を流すといった特定広報も必要であるということを実感しています。また、法律の改正により指定管理者制度が導入され、名古屋国際センターの管理運営者も4年ごとの公募方式となり、経費の圧縮が求められる一方、公益財団としての公益性の追求や組織としてのノウハウの継承が求められ、組織のあり方についても課題を抱えています。
 嬉しかったことについては、名古屋国際センターの事業は不特定多数を対象にした事業がほとんどなので、フィードバックが難しいのですが、事業の参加者アンケートなどで、今後の自分の行動のヒントを得られたとか、次の活動のきっかけとなったというような回答が得られた時は率直に嬉しさを感じます。

【昨年は96,000人の来場者を迎えた中部地区最大の国際交流イベントであるワールド・コラボ・フェスタをご担当されていらっしゃいますが、今年の見どころは?】

 今年の「ワールド・コラボ・フェスタ2011」は10月22日(土)、23日(日)に名古屋市栄のオアシス21及びもちの木広場で開催されますが、今年の特徴としては、東日本大震災の被災地への支援を通して明らかになった世界各国との繋がりについて考えるということが挙げられます。被災地で活動する桑山紀彦医師が歌と映像で伝えるコンサート「地球のステージ」、被災地支援に熱心なサッカー界からは日本人初のプロサッカープレーヤーである奥寺康彦さんのトークショー、被災地の写真パネルや被災地へのメッセージコーナーなどがあるほか、北野大さんやSKE48とともに学ぶ環境に関するセミナーも予定されています。その他、国際機関や政府・自治体、NGOなどのブース出展や世界各国の歌や踊りのパフォーマンス、世界各地のエスニックフードなどが楽しめるワールドカフェ、スリランカ航空券などが当たる大抽選会など、盛りだくさんの内容になっています。

【ワールド・コラボ・フェスタの開催が楽しみですね。今回、実施に向けて取り組まれる中で問題や困難さはありましたか?】

 「ワールド・コラボ・フェスタ」は当地域で国際交流・国際協力に携わっている5団体による協働事業ということで、団体間の調整や情報、意思の共有が求められ、その分、手間暇がかかりますが、共に共通目標に向かって力を合わせる中で、相互の信頼関係なども培われてきます。
 また、屋外イベントであるのでそれなりに経費がかかりますが、厳しい経済情勢の中、企業協賛集めにも厳しいものがありました。イベントの趣旨をご理解いただき、継続的に協賛いただけるよう努めることが重要であると思います。
 さらに、各団体が団体固有の事業を実施しながらこの協働事業にも参画するということでマンパワー的にも非常に厳しいものがあると思いますが、役割分担をしながら進めているところです。

【稲葉さんはご自身の地元での交流も大切にされていて、祭りでは手筒花火を出されるとも伺いましたが?】

 はい。私の地元豊橋は戦国時代以来、手筒花火が行われておりまして、江戸時代も徳川家発祥の地・三河ということで、火薬の研究などを担っておりました。現在も神社の祭礼などで氏子が手筒花火を奉納しています。
 私も20年近く手筒花火を出しておりますが、花火を出すためには各自治会にある青年会に入会しなければなりません。青年会と言っても戦前生まれの「心の青年」もいますが…(笑)。そして、毎年、お盆過ぎから10月初旬まで花火作りの作業を日曜日を除く毎晩行い、作業の後は酒盛りで、毎日午前様のような状態が続きますが、これが仲間の団結力を高めるのに役立ちます。お祭りになると、炊き出しを老人会に頼んだり、子ども会の行事に応援を出したりと、自治会内のコミュニケーションも密になり、寄付をもらうため、重い御神輿を担いで町内各戸を回りますが、このような中で、どこにどのような家があるのか、家族構成がどうなのかなどが分かってきます。災害などの非常にも、安否確認や救出などの面で大いに役立つと思いますし、青年会は会長以下の命令系統も明確であるので、迅速かつ的確な対応ができるものと思っています。
 東日本大震災で地域の人々がバラバラになってしまったところもあると聞きますが、祭りは伝統文化の一つであり、地域の人々が離れて暮らすことにより、伝統の灯が消えないことを祈っています。

ありがとうございました。今後のご活躍を楽しみにさせて頂きます。

 

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「ワールド・コラボ・フェスタ」ステージにて

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大学時代の恩師と仲間

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国際カレッジ(ワークショップ)

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ワールド・コラボ・フェスタ

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手筒花火(稲葉奉納)