【9月号】ひとりでも多くの人に日本のことを好きになってもらいたい

【写真】永江 史朗(ながえ しろう)さん 静岡県島田市在住静岡県JICAシニア海外ボランティア協会(SOVA)会長
永江 史朗(ながえ しろう)さん 静岡県島田市在住

シニア海外ボランティア(平成12年度)マレーシア(平成14年度)パキスタン、(職種)日本語教育 

今回は、静岡県JICAシニア海外ボランティア協会(略称SOVA:Shizuoka Overseas Volunteers Association、以下SOVA)の会長を務められる永江史朗さんに、会の活動やご自身のボランティア経験についてお話を伺います。
(聞き手:JICA静岡デスク 武馬 千恵)

はじめに、SOVAの活動について教えていただけますか。

SOVAは、平成17年12月、JICAシニア海外ボランティア経験者を会員として設立されました。相互の親睦を図るとともに、国際協力の経験を地域社会に還元し、地域の活性化に資することを目的としています。定期的に例会やJICAボランティア(シニア海外ボランティア、青年海外協力隊)新規派遣者を送る会を開催するほか、静岡県(地域外交課、県教育委員会社会教育課)と連携を図り、協働イベントを実施するなど、会員らの国際経験に基づいた活動を進めています。

永江さんご自身の国際ボランティア活動はどのようなものだったのでしょうか。

日本の歌の指導中(パキスタン国立外国語大学にて)

学生たちとハイキングへ(全員でパキスタン・フンザ地区の踊りを踊る)

学生の家庭を訪問(パキスタン・フンザ地区)

私は定年退職後、NGOを含めて10年間、アジアの開発途上国4ヵ国(モンゴル、中国(大連外国語学院)、マレーシア、パキスタン、中国(浙江省杭州大学))で日本語教育に従事しました。このうち、マレーシアとパキスタンはJICAのシニア海外ボランティアとしての派遣でした。
私の国際協力の原点は、わが国の同時通訳の草分けである国弘正雄氏との出会いにあります。31年前、私は静岡県知事公室で県の国際交流事業を担当していました。そのころ、国弘氏には国際交流ボランティアの果たす役割についてたびたび助言をいただき、そのやりとりの中で国際交流の果たす意義、推進について触発され、彼の一言ひとことに私は強く心を突き動かされるようになりました。
国弘氏は当時、国際交流ボランティアについてこう語っていました。「国の外交というものは、非常に格式ばった形式的な関わりなので、民間外交のように相手の心の襞(ひだ)にまで触れることはできない。国と国との間でうまくいっていない部分を埋めるのは、あなた方が推進している国際ボランティア活動、いわゆる民間外交なのだ」と。
シニア海外ボランティアの応募にあたって、私は国の内外を問わず若者と関わることの意義を動機として挙げました。そして「外国の若者に日本のことを好きになってもらいたい。日本の味方を、親日派を世界中に、とりわけ、アジア地域に増やしたい。私のような小さな力であっても、ときに国と国との間に生じるギクシャクした関係や軋轢を側面から和らげ、それが国の外交を補完することに繋がるのでは・・・」と思いを伝えました。そもそもは、国弘氏から受けた触発をそのまま実行したまでのことです。「日本語教育」を指導項目に選んだのは、日本語を通して、若者たちの前に日本をありのままにさらけ出して、日本と日本人をわかってもらいたかったからです。
モンゴルの大学と中国・大連外国語学院で経験と教育実践を積み重ねた後、JICAのシニア海外ボランティアとしてマレーシア政府公務員研修所、パキスタン国立外国語大学に派遣されました。有終完美には程遠いものの、いい60代であったとの快い感慨が残っています。

今後はどのようなことを考えていらっしゃいますか。

(登山家)故・長谷川恒男氏の遺志を継いで建てられたハセガワメモリアルスクールに招かれて朝礼で挨拶(パキスタン・フンザ地区)

SOVAは、発足してからまだ10年足らずのため「古きをたずねる」実績はまだありません。正に試行錯誤の8年間でした。そんな覚束ない歩みではありましたが、それでも会員同士の親睦だけにとどまらず、シニアとしての国際経験を何らかの形で地域社会に還元したい、若い世代に伝えたいという気持ちが年々会員の中に漲ってきているように感じられます。今後は設立準備中の「青年海外協力隊を育てる会静岡(仮称)」への働きかけやSOVA主催事業の準備など、より充実した会となるような取り組みに努力する所存です。

ありがとうございました。今後もシニア海外ボランティア経験者の皆さんのお力で、国際協力の輪を地域に広げ、盛り立てていただきますようお願いいたします。