【3月号】一言のキッカケで人は変わり、行動することで景色が変わる

【写真】吉田 拓也(よしだ たくや)さん 福島県いわき市出身、愛知県小牧市在住アースデイいわき実行委員長
吉田 拓也(よしだ たくや)さん 福島県いわき市出身、愛知県小牧市在住

東日本大震災の発生から3年。被災地を中心に、復興・再生へ向けた懸命な努力が続いていますが、住み慣れた土地を離れ、先の見えない避難生活を未だ送られている方もいらっしゃいます。
今回は福島県いわき市から愛知県へ避難され、県外自主避難者として震災に向き合う吉田拓也さんに、故郷への思いや、同じ境遇の人々をつなごうと企画するイベント「アースデイいわき2014」についてお話を伺います。
(聞き手:JICA中部 市民参加協力課)

はじめに自己紹介およびイベント「アースデイいわき」を企画された経緯について教えてください。

原発事故1ヵ月後、インディアン村の放射線量測定風景

原発事故から2ヵ月後のインディアン村

私は学生時代から趣味でよくキャンプをしながら各地を放浪していました。その時に出会ったインディアンテント「ティピー」がライフワークになり、今では仕事になっています。2007年、ティピーだけのキャンプ場を故郷であるいわき市に作ろうと一大決心し、山を購入しましたが資金が底をつき、仕方なく鍬一本で山を開墾し始めました。この辛い作業を楽しみながら開墾するイベントに変えてしまおう!という逆転の発想で「インディアン村づくり」が始まりました。市民参加型の開墾作業、井戸掘り、自然エネルギーの発電所づくりなど、自然と戯れ、自然から学ぶ活動を通して生まれたイベントが「アースデイいわき」です。
しかし「アースデイいわき2011」の開催目前、東日本大震災が発生しました。
インディアン村は福島第一原子力発電所から35キロメートル地点にあります。原発事故により見えない恐怖がいっぱい襲ってきました。寝食を忘れ、心血を注ぎ、夢をいっぱい描いてきた希望の場所でしたが、家族を守るため、ここを去ることを決意しました。

震災発災当時の状況や愛知県を避難先として選ばれた理由、また愛知県での生活についてお聞かせください。

放射性物質の浄化を期待して、蒔いたひまわりの種

震災直後、1歳の息子を連れて家族3人、東京の妹夫婦の家に身を寄せました。「お兄ちゃん!自分の家だと思って!」と言ってはくれましたが、いくら仲の良い兄妹でもやはり気を遣います。震災から1カ月後には、新たな避難先として知り合いもいない遠く離れた新天地を求めました。候補はいくつかありましたが、震災の少し前に家族サービスで訪れた愛知県で食べたナゴヤメシ、味噌カツ、手羽先、ひつまぶしに感動したことを思い出し、疎開先を決めました。
決して金銭的にも時間的にも余裕があったから自主避難できたわけではありません。突然、転勤の辞令をもらったのとも訳は違って、軌道に乗っていた事業や活動を中断し、たくさんの思いを故郷に残したまま移住してきました。震災の影響とはいえ、アースデイいわきが中止となり、主宰の私自身がいわき市を離れて自主避難をしたことに負い目を感じ、葛藤に苦しむ日々を過ごしていました。

再び活動を始められた転機はどんなものだったのでしょうか。

「アースデイいわきinなごや2013」

ボランティア仲間たちとともに

ある日、いわき市で一緒に活動をしていた仲間から講演の依頼が舞い込みました。私が震災当時まで取り組んでいた子どもも大人も巻き込んだ山奥での自然体験活動「インディアン村づくり」の話を聞きたいというものでした。依頼に応える自信もないまま、戸惑いながらも会へ出席したところ、故郷のみんなが温かく「おかえり」と迎えてくれました。新天地でうまく一歩を踏み出せず、引きこもり状態の私のことを知ったいわきの仲間たちが、新しい一歩のきっかけになればと、この会を企画して呼んでくれたことをそのとき初めて知りました。そして「おまえが帰ってくる場所は俺たちが守っておくから安心しろ!」「何よりもあたたかく迎えてくれた愛知の人たちにきちんと恩返ししてから帰ってこい!」私の背中を押して、再び愛知に送り出してくれました。

今までは自分や家族のことばかり考えていたのかもしれないと周りに目を配ると、自主避難をしたことで悩んでいる人が多いことも知りました。そこで、同じ境遇の仲間を応援しなければと奮い立ち、企画したのが「アースデイいわきinなごや2013」です。その日から毎日本気で動きまわり、会う人すべてに思いを伝えました。徐々に共感してくれる仲間が増え、昨年3月、名古屋の中心地「久屋広場」で復活の狼煙をあげることができました。
開催当日、会場のステージに立った瞬間、今まで見たこともない景色が目の前に広がっていました。あのとき背中を押してくれた、いわきの仲間の姿がありました。知り合いも頼る人さえもいなかった愛知にもたくさんの仲間ができていました。手弁当でボランティアに駆けつけてくれた人たち。感謝しても感謝しきれません。壁を作っていたのは自分自身だったことに気付かせてもらった瞬間でした。

開催を控える「アースデイいわき2014」、また今後の展望について教えてください。

インディアン村への帰省(2013年11月)

東日本大震災からもうすぐ3年。世間では無関心になった人が増えたと言うマスコミ報道も多いです。だからこそ「私たちは忘れていません!」というメッセージをもっと強く発信したい!もっとたくさんの人とつながりたい!そんな思いを込めて「アースデイいわき2014 inモリコロパーク春まつり」では、参加者みんなで手をつなぐというギネス世界記録に挑戦します。
未だ愛知県に避難している人の数1200人という数字を目標に、手をつなぎ、日本全国にそして世界に、日本の中心愛知からメッセージを発信したいと思っています。
当たり前のことが当たり前にできない状況が震災であり、私自身の復興はいつか、故郷で待ってくれている仲間とともにインディアン村づくりを再開することだと思います。今はインディアン村の分村を愛知県に作ることを目標にしています。愛知県と福島県をつなぐ架け橋を築いてから故郷福島に戻りたいです。誰かの一歩のきっかけを与えられるよう、まずは我々自身がその一歩を踏み出しましょう!

ありがとうございました。地球のことを考える「アースデイ」、自然と共存する私たちにとって切っても切れない災害に向き合い、大切なものを見つめる機会となりますよう成功をお祈りしています。