【10月号(2)】 「アフガニスタンの女性として、医者として」

【写真】サフィ・マブーバさん 長女 マルマリンちゃん(名古屋市内小学校3年生) 名古屋市在住名古屋大学大学院医学系研究科医学博士課程進学予定
サフィ・マブーバさん 長女 マルマリンちゃん(名古屋市内小学校3年生) 名古屋市在住

続いて、マブーバさん(サフィ・ハミドゥラさんの奥様)とマルマリンちゃん(長女)にお話を伺いました。
(聞き手:JICA中部 研修業務課)

はじめに自己紹介をお願いします。

私は主人に半年遅れて、2013年3月に、3人の子供を伴って来日しました。アフガニスタンでは、医師として病院や国際NGO、国際機関で働いていましたが、子供たちに「日本」を経験させてあげたいと思い、退職し、来日しました。
アフガニスタンでは女性が社会に出て働くことは一般的ではありませんが、私の場合には親が教育を重視してくれたので、大学でも医学部に進学し、産婦人科医となることを選びました。
日本では子供を保育園、小学校に通わせつつ、日本語のコースに通っています。ただ、せっかく日本にいるので、日本の最先端の医療を学びたいと思い、名古屋大学大学院医学系研究科医学博士課程を受験し、合格したので、この秋から通学の予定です。学位取得のためには4年かかり、また、金銭的負担も大きいですが、努力に見合う成果が出ると信じています。

名古屋大学では主に何を研究される予定ですか?

専門分野は、新生児にみられる低酸素性虚血性脳症(通称HIE)です。HIEは、出産後期から出産直後にかけて、何らかの原因で赤ちゃんの脳に酸素が行かなくなったために脳障害を起こすもので、途上国では多くの乳児の死亡原因となっています。アフガニスタンは「5歳以下の乳幼児死亡率」が最も高い国の一つで、特にその原因の4割は新生児期に起きているので、このような研究は母国の多くの赤ちゃんの命を救えると思っています。

日本の保育園、小学校に通われているお子様について伺います。日本に来てからご苦労されましたか?

子供には伸び伸びと育ってほしい。

最初は自分も含めて家族の誰も日本語ができませんし、小学校・保育園の先生方も戸惑いがあったかと思います。でもこちらが驚くほど温かく、優しく受け入れてくださいました。長女は当時小学校2年生で多感な時期でしたが、先生が毎日のように連絡ノートに学校での様子を書いてくださいました。時にひらがな、時に英語で。本人も最初は言葉がわからず、「友達」と呼べる存在が出来るまでつらかったと思いますが、一度も「学校に行きたくない」と言ったことはありません。学校の先生方の温かい存在が心強かったのだと思います。
保育園に通う長男は、当時4−5歳で、親離れが出来ていない時期でもあったので、泣く日ももちろんありましたが、長女と同様、優しい保育士の方々のおかげもあり、今では仲のいい友達もできて、毎日が楽しいようです。長女も長男も日本語がすっかり上達していて、子供の成長に驚いています。

日本の学校や子育てについて感想をお聞かせください。

アフガニスタンの公園で水遊び

日本には素晴らしいことがたくさんあります。まず、母子手帳の存在に驚きました。アフガニスタンでは、姑に口頭で教わりながら手さぐりで子育てをするイメージです。日本の母子手帳は、識字率が高いにも関わらず、さらにわかりやすくするために絵も多用され、「新しく母となった人たち」に対する優しさ、愛情にあふれています。また助産師による指導や訪問制度もあります。自分は産婦人科医なので、「医学知識」はあっても「子育て」に関する知識はなく、長女の際には授乳の仕方や寝かしつけ方すらわからず大変苦労しました。また、アフガニスタンでは1〜3か月程度の産後/育児休暇が一般的ですが、日本では1年以上休暇を取れます。乳児期の子供と過ごす時間を確保できるのは素晴らしいことです。
また、小学校で感銘を受けたのは、授業参観や運動会など、親が参画できる場が多いことです。アフガニスタンでは教育の場を親が見られる機会がありません。また、教科書は図や写真にあふれていて、子供たちの勉強意欲を自然に掻き立てます。三角定規を使ってものの角度を測るなど、実際に手を動かす作業も豊富にあって楽しそうです。
お世話になった先生方のみならず日本人すべての人に言えることですが、皆さん優しいです。来日の際、3人の子供と関西国際空港に降り立ったとき、「トイレはどこか」と尋ねると、その人はトイレまで連れて行ってくれました。保育園に行く途中に迷った時も同様でした。すばらしい国民性だと思います。

(ご主人にもお聞きしましたが) 将来、3人のお子様にはどのような大人になってほしいですか?

長女3歳の誕生祝い

自分は厳格な父のもとで、特に女性であるが故に抑圧的に育てられ、自分の意見を言えない子供でした。自分の子供たちには、自信をもって、自由に生きてほしいと思っています。特に長女は感受性が豊かで、アフガニスタンの「現状」もある程度理解できています。内戦で親を失った子が町で物乞いをしていると、他の子供がからかったりいじめたりする場面がありますが、長女は、それを目の当たりにすると、さっと止めに入るような子です。そんな子供のためにも、大前提としての平和が訪れることを願ってやみません。そして子供たちに日本の教育を受けさせることが出来たのは本当に幸運だと思っています。これからも世の中のいろいろなことに関心を持ち、成長していってほしいと思います。

最後に、長女のマルマリンちゃんにお話を伺いました。

最初に日本に来たときの感想を教えて下さい。

アフガニスタンの衣装に身を包み

生まれて初めて飛行機に乗ったので、無事日本に行けるか不安でとても怖かったです。でも、日本に着いて街を見渡した時に、とてもきれいな所で安心しました。日本はおもちゃ、洋服、靴などすべてがキラキラしていて、夢を見ているんじゃないかと思うくらいびっくりしました。

学校では何が楽しいですか?

あやとりも好きです

仲良しのお友達と一緒におしゃべりをしながら帰るのが楽しいです。勉強の中では、ひらがなとカタカナのお勉強が好きですが、算数や漢字の勉強は少し難しいです。日本の学校では先生が優しく勉強を教えてくれるので、先生に何かを教えてもらうのも楽しくて大好きです。

将来の夢はありますか?

たくさんあります。
日本のきれいな写真をアフガニスタンの人たちにたくさん見てもらいたいし、アフガニスタンでは地震がよく起こるので、地震が来た時にみんなが逃げられるような大きな家を作りたいです。お父さんやお母さんがいなくなって、住む場所がなくなってしまった子供たちに家や欲しいものをあげられるようにしたいし、みんなのケンカを止められるように、自分も強くなりたい。
あと、大きいロボットを作って、赤いボタンを押したら、ロボットの力で、地震とか悪いことが起きても誰も死なないでみんなが無事でいられるようにできたらいいと思います。ロボットメガネも作って、悪いものは黒に、良いものはピンクに見えるようにして、悪いことをしている人がいたら、ボタンを押すと、悪い人を怒って、やめさせて、良い人に変わるようにできたらいい。
そして自分自身は母親のような医者になって特に貧しい子供を助けてあげたいと思います。日本のきれいな建物をアフガニスタンに持っていけたらどんなにか素敵だろうと思います。