宇宙人の改良かまど普及大作戦

2011年9月29日

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カマドヨウコ講習会

中西葉子(なかにし ようこ)
マダガスカル 村落開発普及員 19年3次隊(2008年1月〜2010年1月)

『もしも大金を手にしたら何したい?』

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ザ!バオバブ

この私の質問に、村人はこう答えました。
『大金?そんなの米、塩、石鹸、この3つを買えばなくなっちゃうよ』
主食である米。おかずを味付けるための唯一の調味料である塩。体、髪、洋服、食器を洗うための石鹸。この3つは、私の活動していたマダガスカルのアンタネティべ村で生活するために、どうしても必要な物。
私の問いに対する村人の答えにはなんの贅沢もない。これっぽっちも夢がない、あまりにも素朴過ぎるものでした。

『宇宙人』

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お使い途中の少年

村には、テレビも新聞も雑誌もありません。夢を見るための情報が外から入ってこないから、村人は夢を見ることを知らなかったのです。これが2009年、私が見たマダガスカルの村の現実です。

当時、私は協力隊として赴任して1年が経った頃で、改良かまど(既存の石を3つ置いただけの三石かまどより熱効率が良く、調理時間、薪の量が半分に減らせる)の普及をしようとしていましたが、上手くいかず焦っていました。肌の色、顔の作り、言葉すべてが村人と違う私は、外国人を見たことがない村人からするとまるで宇宙人。恐怖そのものである私は、皆から怖がられ、信頼されず、普及どころではありませんでした。村に足を踏み入れた瞬間、遠くの山から「キャー怖い〜!」と泣く声が聞こえてくるようでした。カマドの普及どころではありません。

『チンドン屋』

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横っ跳びをしながら地上を移動するシファカ

まずは私を普通の人間として認めてもらわなければ。と始めたのが、子どもの時にやった盆踊りや母から教わったピンクレディーを踊ること。ドラえもんのジャイアンのように所かまわず歌って踊りました。これが案外村人らに好評で、少しずつではありますが村人と私の距離は縮まっていきました。村を歩いていると、遠くから村人が叫びます。「ヨウコ〜踊って〜!!」どうやら私はカマド屋というよりは、チンドン屋として村人から認められたようでした。

この際チンドン屋として、この村の人たちに笑顔を与えられるなら、しばらくはそれでかまわない。そんな想いで、毎日歌って、踊って、そして時々カマドを作りました。するといつの間にか、泣いていた子どもや私と距離をとっていた村人も私を見て笑顔で話してくれるように。私は、2ヶ月先まで予約の取れない人気のカマド屋になっていました。

『カマド屋』

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村人と一緒にカマド作っています

カマドについての高い知識も技術もなかった私ですが、村人と一緒に笑い、語り合うなかで、マダガスカルの村落部にもっとも適したいつでも、どこでも、誰でも簡単に作って使えるオリジナルのカマド(その名もカマドヨウコ)を開発することができていたのです。カマドヨウコは村の80パーセントを超える家庭で作成しました。
そして任期も終盤となったある日、村人からこう言われました。

『夢』

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マダガスカル人の笑顔にいつも救わていました

「ヨウコはいつも私たちと泥だらけだった。そしてカマドという素晴らしい贈り物を残した。ヨウコがいなくなっても、カマドを使い続けるし、たとえ壊れても私たちにはもう作る技術がある。カマドを使うことで浮いた時間に他の仕事ができ、もしかしたらお金を得られるかもしれない。」
夢を見ることを知らなかった村人がこう話してくれた時、ここへ来て本当に良かった。そう思いました。

大きなことは何もできなかった。けれど、もしかしたら、彼らに希望を持つことを知らせることはできたかもしれない。この小さな希望を、きっと彼らは大きな夢にし、そして幸せをつかむに違いない。

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