【JICAボランティア活動記】「すべての人が安心して暮らせる世界のために」

2017年3月29日

■写真:世古 英弘さん
(小学校に紙芝居を配布する私)

世古 英弘 (せこ ひでひろ)さん
平成24年度2次隊
 トンガ王国・村落開発普及員
岐阜県岐阜市在住

「きっかけは十人十色」

「海外旅行へ行ったとき、貧困の中で暮らす子供たちを目にしたことが青年海外協力隊をめざしたきっかけです。」や「大学の頃、アフリカでボランティアをしたことがきっかけです。」というような、“特別な”、あるいは“非日常的な”、きっかけは私にはありませんでした。ただ、子どものころから、たとえ小さなことでも人のためになることをやりたい!という気持ちと、海外で働いてみたい!という気持ちはありました。中学生になって、ネットサーフィンをしていたとき、青年海外協力隊募集の記事をたまたま目にし、これは私にピッタリではないか!と思い、そのころから漠然と協力隊を目指すようになりました。それから十数年後、3度目の受験でみごと青年海外協力隊に合格し、トンガ王国へ派遣されることになりました。

「自然災害危険度ランク世界第二位の国で」

サイクロンで屋根が吹き飛んだ教会

サイクロン対応終了後、同僚と事務所にて

サイクロン・干ばつ・地震・津波と自然災害が頻発するトンガ王国の国家緊急災害管理事務所に配属された私は、事務所の同僚と共に、主に地域コミュニティや小・中学校での防災意識啓発活動を行いました。トンガは自然災害が多く発生する割に、トンガ人はそれらに対する意識が低いように思います。例えば、派遣中にソロモン諸島で大きな地震が発生し、津波がトンガにも来たことがありました。幸いその時の津波は数センチだったものの、地方の住民が津波を見に海岸沿いまで行ったという話を聞きました。そういった状況を改善すべく、津波の被害が予想される小学校を回り、日本の昔話である「稲むらの火」という、津波から村人を救った村長の話の紙芝居を配り、それを子ども達に読み聞かせたりする活動をしました。防災意識向上という、結果の見えない活動に対し、疑問や苦労も多くありましたが、同僚たちに支えられ、無事に任期を終える事が出来ました。

「人と人とのつながり、それが一番大事。」

トンガの父、レベニと共に

活動終了まで残り半年にまで迫ったある日、その日は着任してからずっと関わってきたプロジェクトの最終お披露目会の前日、日本からの訃報で父が亡くなったことを知りました。私はすぐに一時帰国の準備をし、出国を待ちました。家で待機していたところに、職場の上司が訪ねてきました。彼は同僚たちから集めたお金を差し出し、「おれはお前のトンガの父だ、無事に帰ってこい、待っているよ。」と私に言い残しました。ここトンガで私は、新たな家族と出会うことができました。そして、人と人とのつながりの大切さに改めて気づく事が出来ました。
私は現在、岐阜県の国際協力推進員として働いています。このお仕事を通して、トンガの父を思い出しつつ、人と人とがつながるお手伝いができたら幸せです。