平和都市「広島」に赴任して

【画像】植松 弥穂(うえまつ みほ)

広島市国際協力推進員
植松 弥穂(うえまつ みほ)

南米パラグアイでの協力隊活動

私自身が青年海外協力隊として南米パラグアイに赴任していたのは、もう10年前になります。派遣先は首都近郊にある、エウセビオ・アジャラという小さな町の教員養成校で、小学校の先生を目指す生徒達に図工を指導するといったことが仕事でした。
初日、首都のホテルに迎えに来てくれた学校の先生の車で任地へ・・・緊張から車内では一言の会話もできず、そうして2時間かけて着いた学校で、休日にも関わらず先生方が集まって待ってくれており、歓迎の歌を合唱してくれた光景を今も覚えています。
そこから始まり、生徒や先生方、ホームステイ先の家族・・・とにかくいつもやさしくて親切で、愛情に満ちていました。私のパラグアイの思い出は「パラグアイ人の温かさ」に尽きます。

7年後、再び訪れたパラグアイにて

パラグアイでの教員の待遇はけっして良いとはいえないため、当時教員養成校の多くの生徒達が「卒業しても先生にはならない」といつも言っていました。しかし7年後、こんどはボランティア調整員として幸運にも再び訪れたパラグアイで、かつての生徒達が教師となって活躍している多くの姿に出会えた事は大きな驚きと喜びでした。「こんなものを授業で作ったよね、教えてくれた折り紙は今自分が子供達に教えているよ」と私の活動を覚えていてくれていた事が本当に嬉しかった。あらためて「協力隊に参加して良かった!」と感じた瞬間でした。

国際協力推進員として

2010年2月1日より、広島市国際協力推進員として着任しています。デスクが平和公園の中の事務所にある事、また派遣前ボランティアへの方々への平和学習、原爆展に関してなど、広島ならではの業務もあり、折にふれて平和都市「広島」にいる事を実感しています。
JICAボランティアの海外での活動・経験など、その魅力をできるだけ多くの広島の方々に知って頂きたいとの思いで推進員として活動しています。また、広島出身の協力隊員から始まり、世界各地でボランティアの皆さんが開催している「原爆展」を通じて世界の人の平和への思いを広島の人々に伝えられたら、とも考えています。

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教員養成学校での図工指導(青年海外協力隊)

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ボランティア調整員として再赴任