南太平洋に暮らして感じたこと

島根県国際協力推進員
伊藤 理香(いとう りか)

【画像】今年9月から島根県JICAデスクの国際協力推進員に着任しました伊藤理香です。私は青年海外協力隊として2年4カ月トンガに派遣されていました。
トンガは南太平洋にある島国で人口10万人ほどの王国です。
トンガの離島にある中高一貫の公立高校で日本語を教えていました。

いつかは海外で仕事をしてみたいと思っていましたが、協力隊に参加するきっかけとなったのが、(公財)しまね国際センター主催の日本語ボランティアセミナーでした。
日本語ボランティアを始めたことで、世代や職業を超えてたくさんの方々と出会うことができました。また、小・中学校で日本語指導をした生徒たちの前向きな姿が、私もまた何かに挑戦してみたい!という気持ちにさせてくれました。一緒に日本語を勉強した方々と過ごした時間が、海外への一歩を踏み出させてくれたのでした。

高校生(14歳から18歳くらいの年齢)に、日本語や日本文化などを教えていました。

習字や折り紙をしました。

よくご近所さんたちから食事の差し入れをもらっていました。教員住宅に住んでいたので、周りはみな同僚の家族。本当に感謝しても感謝しきれないくらいたくさんお世話になりました。

2008年1月、ニュージーランドから飛行機でおよそ3時間。真冬の日本から真夏のトンガに到着した時には、すでに外は薄暗くなっていました。小さな小さな空港の片隅で3人の男の人がトンガの音楽を奏でて出迎えてくれました。空港からドミトリーまでの道のりがものすごく暗かったのを覚えています。
トンガに着いた当初時々聞かれたこと・・・
「トンガはDot(点)のように小さな国ですが、日本と比べてどうですか?」
確かに、トンガは地図で見ると点でしかなくて、面積はほぼ琵琶湖と同じくらいです。
街だって首都なのに、1番大きいお店でも日本でいう小規模の小売店程度の大きさしかありません。何より売っている物の種類がとても少なく、日本がいかにモノであふれているか、モノの種類が豊富か実感できました。
省庁の規模も、アパートの1室を間借りしたようなところだったり、小さなビルのワンフロアーだったり…。‘Dot’で暮らすことは予想以上に小さい!と感じました。

それに反して、トンガにいる間いつも傍に広くて青い海がありました。あんなに当たり前にあった青い海から離れて、もう2年。今でもトンガで見た満点の星空や、コバルトブルーの海、そこで出会った人たちや、動物たちを思い出すと、自分の人生が豊かになったような気持ちになります。
 
人が生きていく上で、幸せであるとはどういうことか。
与えられた時間とモノをどう使うのか。(それらにコントロールされてはいけない)
日々、無事に暮らせることに感謝して、自然を敬うこと。

トンガに行かなければ、きっと、こんなことをじっくり考えることはなかったと思います。日本では当たり前すぎて何気なく過ごしていたようなことも、一歩日本を出れば、実は当たり前ではなかったことに気付かされます。また、日本のように便利ではないからこそ、周囲の人たちと信頼関係を築き、お互いに助け合って生活しなければなりません。自然環境が生活に与える影響も大きく、サイクロン(台風)がくれば大打撃を受けることもあります。トンガの人たちは、日々お祈りをして小さな出来事にも感謝し、困った時には助けあい、とても優しく親切です。トンガの人たちは、「トンガは小さいけれど、自分たちの心は大きいよ」とよく言っていました。

普段はのんびりしているお国柄か、時間通りにいかなかったり、すぐ忘れたりして物事を日本のように進めるのは難しいものです。生徒たちも、宿題をしなかったりテストの日を忘れそうになったり、いつも私をヤキモキさせていました。でも別の角度から見ると、とても家族思いで、ユーモアがあって、そして時々すごい力を発揮して私のことを助けてくれる生徒たちとよい同僚に恵まれて、私は本当に幸せな時間を過ごすことができました。
生きていくことは常に何かを失い続け、変わり続けること。頭では分かっていても、たくさんの出会いと別れがあって、自分の活動もうまく終わらせることができたのか実はあまり自信がありません。でも、いろいろなことと向き合うことができた2年4カ月でした。

自分のボランティアの原点である島根で、たくさんの再会や新たな出会いがあることを楽しみにしています。島根もトンガも人とどんどんつながって、いろんな方々と出会えるところが似ていると思います。地域の方々にとって国際協力が少しでも身近になるよう、また島根と世界の距離を縮めていけるように、みなさんと一緒に考えていけたらと思います。しまね国際センターでお待ちしております。