モロッコでの出産を経験して

【写真】浅野 由嘉(あさの ゆか)鳥取県国際協力推進員
浅野 由嘉(あさの ゆか)

 
「あっ、頭が見えました!もう少しですよ!!頑張って!!」

【画像】私はモロッコ南部の地方都市にある、県立病院内の分娩室にいた。
前日の夜から予兆があり、翌朝病院へ行くと間もなく本格的な陣痛が始まった。これまで経験したことのない激しい痛みが体中を蝕むように襲ってくる。朝付き添ってくれたモロッコ人の主人とその家族は、まだ大丈夫だろうということで一旦家に帰ってしまった。私の周りにいるのはさっきから病院内をうろついている野良猫のみ。

一人で不安な中、とめどなく続く陣痛の痛みに耐えかねてうめいている私を見て、他の妊婦に付添いしているモロッコ人女性が言う。
「C’est normal. −そんなの普通よ−」

その時、一人の日本人女性が来てくれた。彼女は同じ町に暮らしている青年海外協力隊のボランティアで、普段から交流のある女性だった。異国で初めての出産を迎える私を心配し、妊娠中から自宅を訪ねてきてくれる心強い存在。病院で顔を見た瞬間、どんなにほっとしたことか。

その後も余りの激痛で言葉を交わす余裕もなかったのだが、彼女は私の家族に連絡を取ったり、背中をさすってくれたりと側で励ましてくれた。陣痛が始まってから2時間、様子を見に来た助産婦から「OK、これから産むわよ」と、分娩室へ移動するよう言われた。その時はもう身体を動かすのが非常に困難な状態で、私は彼女に支えられながらなんとか分娩室へと向かった。そして彼女は私と一緒にそのまま分娩室に入り、なんと出産に立ち会うこととなったのだ。(彼女は教育系の職種であり、決して看護師や助産師等の医療系隊員ではない。)

結局家族が病院へ着いたのは私が分娩室へ入る直前だった。「遅い!」

分娩台に上がった後のことは余り記憶にない。ただひたすら横で彼女が実況中継さながらに励ましてくれたことだけは覚えている。

そうして2011年3月1日午後12時20分。胸の上に小さいけれども重みのある温もりを感じた。
娘サラの誕生だった。

宴の様子

モロッコの地方都市の様子

村の女性たちと

出産した翌々日に退院し、主人の実家に戻った。祝いの品を持って次から次へとやってくる訪問者。一人で落ち着くことも出来ず、モロッコ流の祝い方は心身共に疲れている私にとって耐えがたい部分もあったが、これも皆私たち親子を祝福してくれているからこそ、と良いように考えた。何よりも「この子を絶対に何があっても守らなければならない」という思いで必死だった。

娘の誕生から10日後、テレビを見ていた私は凄まじい光景を目の当たりにした。大波が陸に押し上げ、大量の車が流されている。映画を観ているようで、これが現実に自分の国で起こっているということが信じられなかった。生まれる命あれば儚く閉じる命あり。新しく命が誕生し、今この瞬間を生きている。そのことが奇跡だと感じた。

それを機に私は、子供への責任感をますます強く感じるようになった。親としてはもちろんのこと、大人として、この地球に生きる先輩として、子供たちの将来を守っていくのは私たち大人である。より住みやすい環境を整え、平和で安心して暮らしていける世の中を作り、後世に残さなければならない。その為に私ができることとは?

鳥取県の国際協力推進員となった今も、日々、自問自答している。自分の経験を活かし、少しでも多くの人たちに世界の現状を知ってもらい、そこから何かを考えてもらうきっかけ作りが出来れば。そういう思いで過ごす毎日である。